どうも、木村(@kimu3_slime)です。
今回は、熱方程式のエネルギー評価とは何か、単純な例を通じて紹介します。
1次元の単純な熱方程式を考えます。
\[ \begin{aligned} \left\{ \begin{array}{l} \dfrac{\partial u}{\partial t}(x,t) &=& u_{xx}(x,t) \quad & \text{in } (0,\pi)\times (0,\infty) \\ u(x,t) &=& 0& \text{on } \{x=0,\pi\}\times [0,\infty) \\ u(x) &=& u_0(x)& \text{on } (0,\pi)\times \{t=0\} \\ \end{array} \right. \end{aligned} \]
この形の方程式は、変数分離法によって明示的に解くことができます。
しかし今回は、全部解かずに(解の表示式を用いずに)、解のエネルギー(energy)と呼ばれる量(\(L^2\)ノルム)
\[\|u(x,t)\|_{L^2} = (\int _0 ^{\pi} |u(x,t)|^2 dx)^{\frac{1}{2}}\]
を不等式を用いて評価していきましょう。これによっても解の情報を手に入れることができます。
(エネルギーと呼ばれる理由は、微分方程式に未知関数をかけて積分して得られる量だからです。力学的エネルギーから類推した用語となっています。)
まず、未知関数を
\[u(x,t) = \sum_{n=1}^\infty c_n \sin nx\]
とフーリエ級数展開するところから議論します。境界\(x=0,\pi\)で0になる条件から、コサインの項は消えるため、フーリエサイン展開です。(エネルギーが有限な初期関数は、フーリエ級数展開することができます。)
係数は\(t\)に応じて決まるため、\(c_n\)は\(t\)の関数です。未知関数を項別微分すると、
\[\frac{\partial u}{\partial t}= \sum_{n=1}^\infty \frac{dc_n}{dt} \sin nx\]
\[u_{xx}= -n^2 \sum_{n=1}^\infty c_n\sin nx\]
となります。\(u\)は方程式を満たすので、これらは等しく、したがって係数部分の比較から
\[\frac{dc_n}{dt} = -n^2 c_n\]
です。これは1階の線形常微分方程式で、初期条件を\(c_n(0)\)として解けば、\(c_n(t) = c_n(0)e^{-n^2 t}\)となります。
これを元の表示式に戻すと、
\[u(x,t) = \sum_{n=1}^\infty c_n(0)e^{-n^2 t} \sin nx\]
となりました。これのエネルギーを不等式評価していきましょう。
フーリエ級数展開する関数と係数の関係(パーセバルの等式)から、
\[\int_0^{\pi } |u(x,t)|^2 dx = \frac{\pi}{2} \sum_{n=1}^\infty |c_n (t)|^2\]
が成り立ちます。\(c_n(t) = c_n(0)e^{-n^2 t}\)であり、\(t>0\)のとき指数関数\(e^{-xt}\)は単調減少なので、1以上の整数\(n\)に対して\(e^{-n^2 t} \leq e^{-t}\)となることに注意すれば、
\[\begin{aligned} &\int_0^{\pi } |u(x,t)|^2 dx \\ &= \frac{\pi}{2} \sum_{n=1}^\infty |c_n(0)e^{-n^2 t}|^2 \\&= \frac{\pi}{2} \sum_{n=1}^\infty e^{-n^2 t} |c_n(0)|^2 \\ &\leq e^{-t} \frac{\pi}{2} \sum_{n=1}^\infty |c_n(0)|^2 \\ &= e^{-t} \int_0^{\pi } |u(x,0)|^2 dx \end{aligned}\]
と評価できました。\(e^{-n^2 t}\)という\(n\)を含む係数を\(n\)を含まない係数\(e^{-t}\)として上から抑えることで、\(n\)に関係ない係数として和の外側に出せるわけです。
この不等式を\(L^2\)ノルムで表すと(平方根を取ると)、
\[\|u(x,t)\|_{L^2} \leq e^{-t} \|u(x,0)\|_{L^2}\]
と表せます。これがエネルギー評価です。
この不等式からは、次のことが読み取れます。解のエネルギー\(\|u(x,t)\|_{L^2} \)は、時間とともに指数関数的に(\(e^{-t}\)のスピードで)減衰していくわけです。
特に、\(t \to \infty\)の極限を考えれば、\(\lim_{t \to \infty}\|u(x,t)\|_{L^2} =0\)で、解は恒等的に0である関数(自明解)\(u \equiv 0\)に収束します。エネルギーが保存されず0に近づいていく現象は、一般に散逸(dissipation)と呼ばるものです。
この評価では、\(t>0, t\to \infty\)という時間的に前向きという制約があります。
\(e^{-t}\)は、時間的に後ろ向き\(t<0, t\to -\infty\)を考えると、爆発的なエネルギーの増加を意味するものです。
エネルギーが有限の初期関数を考えても、\(t<0\)においてはそのエネルギー\(E= \frac{\pi}{2} \sum_{n=1}^\infty |c_n (t)|^2\)が収束しない(発散する)かもしれないわけです(実際、収束しない例があります)。
そこで、熱方程式や、それを含む散逸的に時間発展する偏微分方程式(散逸系)の解の漸近的な挙動を調べるときには、時間を\(t \geq 0\)に制限して議論することがあります。
時間を非負に制限した力学系\((L^2, (S(t))_{t \geq 0 })\)は、半力学系(semidynamical system)と呼ばれています。
以上、熱方程式のエネルギー評価とは何か、単純な例を通じてを紹介してきました。
解そのものが具体的に表せなくても、係数の部分的な情報を不等式評価することで、エネルギーが指数関数的に減衰していくことが引き出せましたね。
未知関数やその微分のエネルギー(\(L^2\)ノルム)に注目して、解の性質を引き出す方法は、一般にエネルギー法(energy method)と呼ばれるものです。
より一般的な偏微分方程式では、解の存在や一意性といった情報も不確かになりますが、初期関数によるエネルギー評価を事前に得ること(アプリオリ評価 a priori estimate)が、そうした情報を保証してくれることがあります。
エネルギー評価=解の積分に注目した不等式評価が、解の表示式を得ることなく、解の部分的な情報を引き出すのに役立つことが伝われば嬉しいです。
木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。
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