解作用素、抽象力学系とは:偏微分方程式の力学系入門

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

今回は、微分方程式の解作用素、抽象力学系とは何かを通して、偏微分方程式の力学系の入門を紹介します。

 



解作用素、抽象力学系とは

まずはごく簡単な1次元の常微分方程式の初期値問題

\[ \begin{aligned}\frac{dx}{dt}(x) = -x(t)\end{aligned} \]

\[ \begin{aligned}x(0)=x_0\end{aligned} \]

を考えましょう。その解は、

\[x(t) = e^{-t} x_0\]

となります。どんな初期値\(x_0\)に対しても、長期的には\(x=0\)という平衡解に収束していきますね。

 

このように、微分方程式の解の安定性など長期的な挙動を調べる分野は、力学系理論と呼ばれています。

さきほどの具体例の状況を一般化するために、解作用素という言葉を導入しましょう。すなわち、時間\(t\)に応じて決まる関数\(S(t):\mathbb{R}\to \mathbb{R}\)を、

\[S(t)x_0: = e^{-t} x_0\]

によって決めます(\(S(t)\)の変数は\(t\)ではなく\(x_0\)で、関数のカッコ記号を省略しています)。つまり、初期値\(x_0\)に対し、時間\(t\)における解\(x(t;x_0)\)を対応させる関数\(S(t)\)です。これを解作用素(solution operator)と呼びます。作用素という言葉遣いをしていますが、慣習によるもので、関数と同じ意味です。(解作用素をフロー flow、流れと呼んだりもします。)

そして、初期値のなす空間\(\mathbb{R}\)と、解作用素の族\((S(t))_{t \in \mathbb{R}}\)の組\((\mathbb{R}, (S(t))_{t \in \mathbb{R}})\)を力学系(dynamical system)と呼びます。

 

この言葉を用意すれば、統一的に常微分方程式の力学系が扱えます。

\(x : \mathbb{R}^N \to \mathbb{R}^N\)として、連立常微分方程式系(\(N\)次元の力学系)

\[ \begin{aligned}\frac{dx}{dt}(x) = f(x(t))\end{aligned} \]

\[ \begin{aligned}x(0)=x_0\end{aligned} \]

を考えましょう。次元が一般的になり、微分方程式の形が関数\(f\)によって一般化されています。

\(f\)に適度ななめらかさがあると、この微分方程式には一意な解が存在します。初期値\(x_0\)に対応する解を\(x(t;x_0)\)と表すとき、初期値から時間\(t\)における解への対応\(S(t): \mathbb{R}^N \to \mathbb{R}^N\)を\(S(t)x_0 :=x(t;x_0)\)によって定められます。これが解作用素です。

そして、\((\mathbb{R}^N, (S(t))_{t \in \mathbb{R}})\)がこの微分方程式が定める力学系です。例えば、\(N=2\)ならば平面における力学系です。

 

解作用素の半群

適度に良い条件を満たす常微分方程式では、解作用素の族\((S(t))_{t \in \mathbb{R}}\)は、

  • 初期条件:\(S(0)=I\) (\(I\)は恒等作用素)
  • 結合性:すべての\(t,s \in \mathbb{R}\)に対し、\(S(t)S(s)=S(s)S(t)=S(t+s)\)
  • 連続性:\(S(t) x_0\)は\(x_0,t\)について連続

という条件を満たします。この条件を満たす作用素の族\((S(t))_{t \in \mathbb{R}}\)を、一般に\(C^0\)半群(\(C^0\) semigroup, 連続半群)と呼びます。(時間発展作用素 time-evolution operators とも)

抽象的な群とは単位元を持ち結合法則を満たし逆元を持つ演算と集合の組ですが、半群が要求するのは結合法則を満たすことのみです。)

ごく簡単な常微分方程式が定める解作用素が、\(C^0\)半群の定義を満たすことをチェックしてみましょう。

\[S(t)x_0: = e^{-t} x_0\]

だったので、

\[S(0)x_0 = e^{0}x_0=x_0\]

となるため、\(S(0)=I\)です。時間0では初期条件を満たすということです。

\[S(s)x_0 = e^{-s}x_0\]

\[S(t)S(s)x_0 =e^{-t} e^{-s}x_0\\ = e^{-t-s}x_0\]

\[S(t+s)x_0  = e^{-t-s}x_0\]

となるので、結合法則を満たします。これは解が一意性を持つということです。

また、\(S(t)x_0: = e^{-t} x_0\)は初等関数の組み合わせで、\(t,x_0\)について連続です。これは初期条件の変化に対して解が連続的に変化すること:連続依存性を意味しています。

よって、\((S(t))_{t \in \mathbb{R}}\)が\(C^0\)半群の定義を満たすことがチェックできました。

微分方程式によって定まる\(C^0\)半群において、\(C^0\)半群の定義は、微分方程式の初期値問題(コーシー問題)の解の適切性(存在性、一意性、連続依存性)を意味しています。

 

偏微分方程式の力学系

ここまで考えてきた力学系\((\mathbb{R}^N, (S(t))_{t \in \mathbb{R}})\)は、常微分方程式によって定まるもので、舞台となる空間:相空間(phase space)はユークリッド空間\(\mathbb{R}^N\)でした。

偏微分方程式でも同じように解の長期的な挙動、力学系について考えることができるのですが、そこでは初期値の生息する空間が変わってきます。

簡単な例として、1次元の区間における熱方程式

\[ \begin{aligned} \left\{ \begin{array}{l} \dfrac{\partial u}{\partial t}  &= \Delta u \quad & \text{in }  (0,1)\times (0,\infty)  \\ u &= 0& \text{on }  \{x=0,1\}\times [0,\infty)  \\ u &= u_0& \text{on }  (0,1)\times \{t=0\}  \\ \end{array} \right. \end{aligned} \]

を考えましょう。ここで、\(\Delta u = \frac{\partial ^2 u}{\partial x^2}\)です。

特殊な初期値\(g(x)=1\)に対して、次のアニメは解を可視化しています。さまざまな初期値に対して、\(u \equiv 0\)という平衡解(定常状態)に近づいていくような方程式です。解の時間変化を追うという観点は、偏微分方程式でも持つことができます。

 

ただし、常微分方程式の初期値はベクトル\(x_0 \in \mathbb{R}^N\)ですが、偏微分方程式の初期値は初期値関数\(u_0(x)\)で、空間的に広がって値を持っています。

つまり、力学系の舞台となる相空間が、ユークリッド空間\(\mathbb{R}^N\)ではなく、2乗可積分な関数のなす空間\(L^2\)のような関数空間となるのです。熱方程式によっても解作用素\(S(t)\)は定まり、それによって力学系\((L^2 ,(S(t))_{t \geq 0})\)を考えることができます。

ユークリッド空間や2乗可積分な関数のなす空間\(L^2\)を一般化した空間として、完備な内積空間\(H\)をヒルベルト空間(Hilbert space)と呼びます。

抽象的な力学系\((H ,(S(t))_{t  \geq 0})\)を用意すると、そこに解の長期的な挙動を捉えるための用語:極限集合アトラクターが定義できます。

個別の常微分方程式や偏微分方程式の形にとらわれず、力学系とは組\((H ,(S(t))_{t  \geq 0})\)のことだという目線を持つことで、微分方程式の力学系の一般論が組み立てられるというわけですね。

偏微分方程式が舞台とする関数空間には、常微分方程式が舞台とするユークリッド空間と大きく異なる部分があります。例えば後者は有限次元ですが、前者は無限次元です。常微分方程式ならば相空間は常にユークリッド空間\(\mathbb{R}^N\)ですが、偏微分方程式では解を捉えるために適切な相空間\(H\)を選ぶ必要が出てきます。作用素やヒルベルト空間といった用語は、関数解析学と呼ばれる分野がカバーしています。

偏微分方程式やその力学系(無限次元力学系)について学んだり研究するには、偏微分方程式そのものだけでなく、関数解析の勉強が必要になるでしょう。

 

以上、微分方程式の解作用素、抽象力学系とは何かを通して、偏微分方程式の力学系の入門を紹介してきました。

解の安定性や長期的な挙動を捉えるというアイデアは、常微分方程式に限らず、偏微分方程式にも応用できるものです。関数空間は「目に見えない」ものですが、それを見ようとする試みは面白いと思います。

より発展させた具体的な話は別の記事になりますが、この記事がその入門的な視点を伝えられれば嬉しいです。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

 

こちらもおすすめ

方程式を解かずに、解の軌跡・安定性を調べてみよう 力学系理論入門

熱方程式の解き方:変数分離法、フーリエ級数展開(1次元、有界領域)

なぜルベーグ積分を学ぶのか 偏微分方程式への応用の観点から

1次元の線形力学系とは:相図の書き方、安定性

ユークリッド空間R^Nの内積、ノルム、距離について解説

逐次近似法、不動点定理をわかりやすく解説

関数のなめらかさと微分可能性 C^k級関数とは

連続関数、可積分関数の線形空間(関数空間)、微分と積分の線形性とは

完備性とは:無理数、微分方程式の解の近似を例に

関数空間が無限次元とは? 多項式関数を例に