どうも、木村(@kimu3_slime)です。
みなさん、ベクトルをどのように表記しているでしょうか?
高校の数学の教科書では矢印\(\vec{x}, \vec{y}\)、大学の物理や理工学全般では太字\(\mathbf{x},\mathbf{y}\)が用いられることが多いです。
僕や一部の数学系の文章では、ベクトルを矢印や太字で強調せず、単に\(x,y\)と書く習慣があります。このサイトでもそうしていますが、この記法(ノーテーション)の利点について紹介していきましょう。
(記号の慣習は、個人の好みや、分野や雑誌のルールの問題なので、「こうすべき」という話ではないことに注意して聞いてください)
仮定は集合を使ってあらわす
まず「矢印や太字で強調しなければ、ベクトルとスカラーの違いがわからないのでは」という疑問が出てくるかもしれません。
数学においては、記号の仮定は文章としてそのまま述べたり、集合の言葉を使って略記します。
例えば「\(x\)を\(N\)次元の数ベクトルとする」という話は、\(x \in \mathbb{R}^N\)と書けば良いです。\(x=(x_1,\dots,x_N)\)と書くことでも、\(x\)は成分\(x_1,\dots,x_N\)を持つベクトルなのだな、と伝わります。
ベクトルの表記に限らず、用いる記号にどのような仮定がされているか(型が何なのか)を明示したほうが、読者に親切で、前提知識が少なくても読めるようになります。
ベクトルとスカラーの分配法則ならば、単に
\[\lambda (x+y) = \lambda x + \lambda y\]
と記号だけ書くのではなく、すべての\(x, y \in \mathbb{R}^N\)、\(\lambda \in \mathbb{R}\)に対し、
\[\lambda (x+y) = \lambda x + \lambda y\]
が成り立つ、と明示的に書いたほうが、記号を読み取るときの迷いが少なくなります。
この例ではベクトルに\(x,y\)というアルファベットを、スカラーに\(\lambda\)というギリシャ文字を用いました。違いを意識させたいならば、文字への装飾によらず、区別のつきやすい記法を使うのが良いと思います。
太字は特殊な集合の表記のみに用いる
僕が太字のベクトル\(\mathbf{x}\)を使わない理由は、TeXでの太字の装飾\mathbf(やローマン体化)の手間もありますが、黒板や文章で見たときの見分けにくさが大きいです。
\[x\quad \mathbf{x}\]
黒板で太字を表現するとき、左のように記号に「重ねて縦線を描く」形で表すのが標準的ではないでしょうか。
これは黒板太字とも呼ばれるフォントです。
単なる太字でなく、黒板文字ならば通常文字と見分けやすいので記号として使いやすいと僕は考えています。ところで、数学において、黒板太字は特定の集合を表すためにもっぱら用いられています。
\[\mathbb{N}\quad \mathbb{Z} \quad\mathbb{Q} \quad\mathbb{R}\quad \mathbb{C}\]
順に、自然数、整数、有理数、実数、複素数の集合です。
黒板太字は「よく知られた特殊な集合」の表記のために用いるので、それと区別がつきやすいよう、スカラーやベクトルはその要素として、太字でない通常文字として表すことにしています。
数も行列も関数もベクトルである
僕がベクトルを太字で書かなくなったのは、関数解析を学んでからでした。(実際、黒田「関数解析」は太字でベクトルを表記していません)
数学においては、ベクトルとは数ベクトルにかぎらず、(抽象)線形空間(ベクトル空間)の定義を満たすなら、それはベクトルとして扱うことができます。
例えば、行列全体は線形空間となります。ベクトルが太字であるのに、行列を\(\mathbf{A}\)でなく\(A\)と書くとアンバランスに見えてきます。(もちろん、行列も太字で書く文献もありますが)
さらには、数列のなす空間\(\ell^{p}\)や関数のなす空間\(L^{p}\)(関数空間)を考えることになります。数列\((a_n)\)や関数\(f\)はベクトルとして見ることができるわけです。だからといって、これらまで\(\mathbf{f}\)と太字にしていたら、キリがありませんね。すべてを太字にするくらいならば、そもそも最初から強調する必要はないのではないでしょうか。
そもそも、スカラー\(x \in \mathbb{R}\)自体も、1次元のベクトル(と同一視できる対象)です。1次元のベクトルだけ表記を変えず、2次元以上の数ベクトルのみ強調するのは、統一されていない感じがします。
数、数の組(数ベクトル)、行列、数列、関数は、数学においては何らかの集合の要素と考えられます。集合を大文字\(X, V\)で表し、要素は装飾のない小文字\(a,x)で表すと、整合的な表記になりますね。
以上、ベクトルを矢印・太字で書かない慣習のすすめを紹介してきました。
どのような記法を採用するかは、理屈や合理性よりも、慣れの問題が大きいでしょう。僕も複数の記法を使った結果、現在のようにベクトルを特別区別しない習慣に至りました。今回の話が、記法を自分なりに見直すきっかけになれば嬉しいです。
木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。
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