行列全体のなす集合が線形空間(ベクトル空間)となることの証明

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

今回は、行列全体のなす集合が線形空間(ベクトル空間)となることの証明を、丁寧に紹介したいと思います。

予備知識:抽象ベクトル空間・線形空間の具体例R^N:順序対と直積集合

 



行列全体のなす集合とは

\(M(2,2)\)という記号で、\(2 \times 2 \)行列全体の集合を表すとしましょう。各成分は実数とします。例えば、\( \begin{pmatrix}  1 & 2\\ 2 &1 \end{pmatrix} \in M(2,2)\)です。

行列には、成分同士の和と、成分全体のスカラー倍によって、和とスカラー倍という演算が定義されています。\(O\)をゼロ行列とすれば、すべての行列に対して\(A +O =A\)を満たすので、ゼロベクトルの役割を果たしていますね。

どうやら、行列全体のなす集合は線形空間の定義を満たしていそうです。

 

線形空間となることの証明

ここからは一般に、\(M(m,n)\)で\(m\times n\)行列全体の集合を表すとしましょう。各成分は、ひとまず実数\(\mathbb{R}\)とします。(複素数\(\mathbb{C}\)や一般に体\(\mathbb{K}\)であっても同様に議論できます。)

さて、線形空間の定義を思い出しましょう。

集合\(V\)が線形空間(ベクトル空間)であるとは、以下の条件を満たすことである。

 

\(V\)の任意の要素\(x,y,z\)、任意の数\(a,b\in \mathbb{R}\)に対し、和\(x+y \)、スカラー乗法\(ax \)と呼ばれる\(V\)の要素が定まり、次の条件を満たす。

結合法則:\((x+y)+z = x+(y+z)\)

交換法則:\(x+y =y+x\)

ゼロベクトルの存在:\(\exists o(o+x =x)\)

逆ベクトルの存在:\(\exists w (x+w=o)\)。これを逆ベクトルと言い、\(w=-x\)と書く。

分配法則:\((a+b)x= ax+bx\)

分配法則:\(a(x+y)=ax+ ay\)

両立条件:\((ab)x= a(bx)\)

スカラー乗法の単位要素:\(1x =x\)

行列全体の集合には、次のようにして和とスカラー倍を定義できます。

\(A , B\in M(m,n)\)、\(a \in \mathbb{R}\)とします。行列の第\(i,j\)成分を\(A=(a_{ij}),B=(b_{ij})\)と表しましょう。行列の和は、\(A+B=(c_{ij})\)と成分で表すとき、任意の\(i,j\)(\( 1 \leq i \leq m, 1\leq j \leq n\))に対して、

\[ \begin{aligned} c_{ij} = a_{ij} +b_{ij}\end{aligned} \]

で定めます。スカラー倍\(a A =(d_{ij})\)は、

\[ \begin{aligned} d_{ij} =   a \cdot a_{ij}\end{aligned} \]

と定めます。各成分は実数同士の和なので実数であり、\(M \times N\)行列ができあがっているので、\( A+B , a A\in M(m,n)\)です。

こうして定めた和とスカラー倍が、線形空間の条件を満たすかどうかチェックしましょう。

 

任意に\(A,B, C \in M(m,n)\)を選びます。\(A=(a_{ij}),B=(b_{ij}),C=(c_{ij})\)と成分表示しましょう。

結合法則\((A+B)+C =A+(B+C)\)は成り立ちます。なぜなら、各成分について\((a_{ij} +b_{ij}) + c_{ij} =a_{ij}+(b_{ij}+c_{ij})\)が成り立つので(実数の和の結合法則)。

和の交換法則\(A+B = B+A\)も同様です。実数の和の交換法則より、\(a_{ij} +b_{ij} = b_{ij} +a_{ij}\)が成り立つので。

 

\(O\)をすべての成分が\(0\)である\(M\times N\)行列としましょう。いわゆるゼロ行列です。\( O \in M(m,n)\)です。

そして、任意の\(A\)に対して、\(O+A =A\)が成り立ちます。なぜなら、\(0\)はどんな実数に加えても影響を与えず(実数の加法単位元)、\( 0+a_{ij} =a_{ij}\)が成り立つので。

任意の\(A\)に対して、\(-A\)という行列を\(-A := (-a_{ij})\)によって定めましょう。すると、\(A+(-A) =(a_{ij}+(-a_{ij})) =O\)となります。どんな行列に対しても、和についての逆元が存在することがわかりました。

 

和とスカラーの間に成り立つ性質を調べていきましょう。行列の和、スカラー倍という演算に則って計算するように気をつけます。

実数の分配法則より、\((a+b)A =((a+b)a_{ij})  \)\(=(aa_{ij}+b a_{ij}) =aA +bA\)が成り立ちます。

実数の分配法則より、\(a(A+B)= a(a_{ij}+b_{ij})\)\(=(a(a_{ij}+b_{ij})=(aa_{ij} +a b_{ij}) =aA +aB\)が成り立ちます。

実数の結合法則より、\((ab)A = (ab a_{ij}) = a(ba _{ij})= a(bA)\)が成り立ちます。

\(1\)は実数において何を掛けても変わらないので(乗法単位元)、\(1 A = (1 a_{ij}) = (a_{ij})=A\)が成り立ちます。

以上によって、\(M(m,n)\)は線形空間の条件をすべて満たすことがわかりました。

(今回考えた行列の計算は、和とスカラー倍のみです。ベクトル空間を考えるときは、行列の積の性質までは考慮に入れていません。そこまで考慮に入れるときは、バナッハ環(バナッハ代数)と呼ばれます。)

 

行列空間の次元

線形空間には、必ず次元が定まります。

\(V\)をベクトル空間とします。ベクトルの組\(v_1,\dots, v_k\)が、線形独立であり、すべてのベクトルをそれらの線形結合で表せるとき、\(v_1,\dots, v_k\)を\(V\)の基底といい、その個数を次元というのでした。

 

\(M(m,n)\)の次元はなんでしょうか。考えてみてください。

例えば\(2 \times 2\)の行列ならば、\( \begin{pmatrix}1  &0 \\0  &0 \end{pmatrix},\begin{pmatrix}0  &1 \\0  &0 \end{pmatrix}\)、\( \begin{pmatrix}0  &0 \\1  &0 \end{pmatrix},\begin{pmatrix}0  &0 \\0  &1 \end{pmatrix}\)といった行列が基底になりそうです。もしそれが正しいなら、次元は\(2 \times 2 =4\)でしょう。

 

\(M(m,n)\)の次元は、\(m \times n\)であることを示します。

\(E _{ij}\)という\(M(m,n)\)の行列を、\((i,j)\)成分だけが\(1\)、他が\(0\)であるものとします。\((E_{ij})_{1 \leq i \leq m, 1 \leq j \leq n}\)が\(M(m,n)\)の基底であることを示しましょう。その個数は\(m\times n\)個ですね。

線形独立であることを確かめます。係数\(e_{ij}\)によって

\[ \begin{aligned}  e_{11} E_{11} + \cdots  + e_{mn}E_{mn}=O\end{aligned} \]

と表されたとしましょう。左辺を計算してひとつの行列にまとめると、その\(i,j\)成分は\(e _{ij}\)となります。右辺はゼロ行列\(O\)なので、各成分を比較すれば、すべての\(i,j\)について\(e_{ij}= 0\)となることがわかりました。

\(M(m,n)\)を生成していることを確かめます。\(A \in M(m,n)\)を任意のものとして、\(A=(a_ij)\)と成分表示しましょう。すると、行列の定め方によって

\[ \begin{aligned}A = a_{11}E_{11} + \cdots +a_{mn}E{mn}\end{aligned} \]

と表すことができました。

以上によって、\(\dim (M(m,n)) = mn\)であるとわかりました。

 

ユークリッド空間\(\mathbb{R}^N\)においては、第\(i\)成分だけが\(1\)、他が\(0\)であるベクトル\(e_i\)を考えたとき、\(e_1, \dots, e_N\)を標準基底と呼ぶのでした。今回\(M(m,n)\)において考えた基底も、似たようなものですね。

行列のなす線形空間\(M(m,n)\)も、有限次元であるという意味では、ユークリッド空間\(\mathbb{R}^{mn}\)と同じような扱いができることがわかりました。

 

行列のノルム

行列のなす線形空間には、大きさ、ノルムを定めることもできます。

参考:ユークリッド空間R^Nの内積、ノルム、距離について解説距離空間とは:関数空間、ノルム、内積を例に

ユークリッドノルムから想像されるような成分を計算したノルム(フロベニウスノルム)は

\[ \begin{aligned}\|A \|_2 := \sqrt(\sum _{i=1} ^m \sum _{j=1} ^n a_{ij} ^2)\end{aligned} \]

です。行列によるベクトルの変換倍率を見て

\[ \begin{aligned}\|A\| = \max_ {x \in \mathbb{R}^n \\  x \neq 0} \frac{\|Ax\|_{\mathbb{R}^m}}{\|x\|_{\mathbb{R}^n}}\end{aligned} \]

というノルムを考えることもできます。これは作用素ノルムと呼ばれるものです。

これらがノルムの定義を満たすことは、長くなるので紹介しません。

 

以上、行列全体のなす集合が線形空間となることの証明を紹介してきました。

例えば\(M(m,n)\)では、対称行列のなす集合が部分空間となっていることがわかります。

行列の和とスカラー倍という計算があるので、結局は行列も数ベクトルと似たような扱いができることを感じてもらえたら嬉しいです。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

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