行列のトレースをなぜ学ぶか:不変量と応用

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

線形代数では行列のトレースについて学ぶでしょう。\(A=(a_{ij})\)と成分表示するとき、対角成分の和

\[\mathrm{tr}A := \sum_{k=1}^n a_{kk}\]

と定義されます。

ただし、行列式や固有値に比べるとその扱いは少ないことが多く、イマイチ意義を感じにくいです。今回は、トレースをなぜ学ぶか、自分なりに紹介してみます。

 

トレースの意義と応用

固有値との関係

簡単でわかりやすいのは、固有値とトレースの関係でしょう。行列\(A\)の固有値を\(\lambda_1,\dots, \lambda_N\)とすると、トレースはその総和に等しいです。

\[\mathrm{tr}A = \sum_{k=1}^N \lambda_i\]

 

この性質は、固有値の計算で間違いがないかチェックするために使えます。

特性方程式を解く計算は一般に簡単ではなく、計算ミスをしやすいです。例えば3つの固有値\(\lambda_1,\lambda_2,\lambda_3\)が求まったら、それに明らかな間違いがないかチェックできます。その総和が、トレース\(a_{11}+a_{22}+a_{33}\)に等しいか確かめれば良いのです。トレースさえ計算すれば固有値が求められるというものでもありませんが、検証材料として便利ですね。

 

相似に関する不変量

トレースと固有値の和が等しくなる理由を説明するには、相似に関する不変量という視点を得るとわかりやすいです。

トレースは、どんな可逆行列\(P\)に対しても、

\[\mathrm{tr} A = \mathrm{tr}(P^{-1}A P)\]

を満たすという性質があります。

\(B= P^{-1}AP\)と表される行列は、\(A\)と相似であると呼ばれます。相似な行列に対して、トレースの値は変わらないわけですね。

参考:行列の相似とは:対角化との関係、不変量(ランク、行列式、固有値)

この性質があるおかげで、一般的な線形写像に対してもランク、行列式、固有値、トレースといった量を定義できます。どんな表現行列を考えても、それらは相似になり、量が基底の取り方によらないわけです。

 

この不変性を使って、トレースが固有値の和に等しいという性質を確かめてみましょう。

どんな行列\(A\)も、上三角化することができて、その対角成分には固有値が並ぶようにできます。つまり、\(P^{-1}AP=U\)とできます。ここで両辺のトレースを取れば、左辺は\( = \mathrm{tr}(P^{-1}A P)=\mathrm{tr} A\)で、右辺は\(\mathrm{tr} U\)、つまり固有値の和となりました。

トレースと固有値の関係は、特性多項式の\(\lambda^{N-1}\)次の項の係数の比較でも確かめられます。

 

行列の内積

トレースの応用例のひとつとして、行列の(フロベニウス)内積

\[\langle A,B\rangle:= \mathrm{tr}(A^T B)\]

があります。

これはベクトルの内積の拡張になっており、行列のなす角度を考えられるようになります。この内積の性質を調べるには、トレースの性質(線形性、転置に対する不変性)が役立ちます。

参考:行列のフロベニウス内積とは、性質:回転行列のなす角度を例に

 

指数行列の行列式

線形代数の応用、線形常微分方程式を解くときには、指数行列\(e^{A}\)というものを考えます。

その行列式には、

\[\det e^A = e^{\mathrm{tr}A}\]

と行列のトレースが表れます。\(A\)がどんな行列であっても、\(\det e^A \neq 0\)、常に可逆行列となることがすぐにわかりますね。

参考:線形常微分方程式を行列で解く:行列の指数関数を解説

 

曲率

微分幾何学では、曲線や曲面の曲がり具合を数字で表したもの、曲率を考えます。

曲面は2つのパラメータを持つ関数\(p(u,v)\)によって表せて、さらに曲がり具合の情報は2次の正方行列\(A\)(ワインガルテン行列)によって表せます。

その固有値\(\lambda_1,\lambda_2\)を主曲率、それらの積と平均

\[K= \det A\]

\[H= \frac{1}{2} \mathrm{tr}A\]

をガウス曲率、平均曲率と呼びます。

ガウス曲率、平均曲率は正の座標変換によって不変であるという性質があります。これは、行列式やトレースが座標変換によって値が変わらないという性質を利用しているとも見れますね。もちろん、行列の成分(基本量)の性質も大事ですが。

 

僕が詳しくないので詳細が書けませんが、リーマン幾何学においてもトレースは利用されているようです。

曲面をさらに一般化したリーマン多様体では、リッチ曲率やスカラ曲率というものがトレースを使って定義されるようです。

参考:幾何学特論第四 – 講義ノート

 

交換性

トレースには、

\[\mathrm{tr}(AB) =\mathrm{tr}(BA)\]

という性質(可換性)があります。たとえ\(AB= BA\)でなくても、これは成り立つものです。この性質(と線形性)を使って、トレースを一般的に特徴づける(定義する)こともできます。

 

一般に

\[[X,Y]:= XY-YX\]

を行列\(X,Y\)の括弧積、リーブラケットと呼びます。こうした積を持つ線形空間は、リー代数(リー環)と呼ばれ、物理にも応用されています。

リー代数において、

\[B(X,Y)=\mathrm{tr}(\mathrm{ad}_X \circ \mathrm{ad}_Y)\]

といったトレースを使って定義される写像(内積)は、キリング形式と呼ばれます(\(ad\)はリーブラケットを使って定義される随伴表現と呼ばれるもの)。リー代数のようすを調べる(分類)するために、キリング形式は便利なようです(カルタンの判定条件)。

参考:キリング形式 – Wikipedia

 

以上、トレースの不変性という性質を中心に、いくつか応用を紹介してきました。

行列式や固有値のように相似に関して不変であり、かつそれらよりも計算が簡単というのがトレースのメリットですね。行列の話を一般化するときにも、トレースは扱いやすそうだということが感じてもらえたら嬉しいです。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

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