なぜ複素の線形代数を考えるか:運動量演算子のエルミート性

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

線形代数学では、実数の議論と同様に複素数での議論を行うことがあります。

固有値に関する議論を除けば、だいたいは実数で事足りるのだから、どうして複素のケースを考えるのだろう。と線形代数を学ぶ僕は思っていました。

複素数を体系に入れて議論したい動機の一つは、量子力学にあると思います。今回はそれを簡単に紹介します。

 



エルミート行列と量子力学

線形代数学では、複素成分の行列\(A\)に対し、その共役と転置を取った行列

\[ \begin{aligned}A^* :=\overline{A}^\top\end{aligned} \]

エルミート共役行列(Hermitian conjugate)、随伴行列と呼びます。そして、\(A= A^*\)を満たす行列をエルミート行列(Hermitian matrix)と呼びます。

さらに、複素ベクトル\(x,y\)に対して

\[ \begin{aligned}\langle x,y\rangle: = \sum_{k=1}^n x^\top \overline{y}\end{aligned} \]

エルミート内積と呼びます。複素行列がエルミート内積に関して

\[ \begin{aligned}\langle Ax,y \rangle= \langle x, Ay\rangle\end{aligned} \]

を満たすならば、\(A\)はエルミート行列であることは、簡単な計算により確かめられるものです。

同じく簡単な計算により、エルミート行列のすべての固有値は実数であるとわかります。

 

こうした計算は、確かめればわかるものですが、線形代数を学び始めの僕には、なぜエルミートやユニタリ行列なんてことを考えるのかよくわかりませんでした。対称行列と直交行列を学ぶだけで良いのでは、と。

その動機のひとつは、量子力学においてエルミート演算子という概念が重要だからです。その準備として線形代数でエルミート行列について学ぶのではないかと思っています。

 

量子力学は、原子や電子、分子などミクロな現象を説明する力学です。そこでの状態は、ニュートン力学のような点ではなく、波動関数と呼ばれる複素数値関数\(\phi (x)\)で表される、と考えます。

状態からは位置、運動量、角運動量、エネルギーといった量を取り出すことができ、それはオブザーバブル(観測可能量)と呼ばれるものです。

たとえ複素数値関数\(\phi (x)\)が量子現象をよく説明するとしても、位置や運動量といった観測量は実数であってほしいものです。

そこで、量子力学では観測量をエルミート演算子として定式化します。そうすると、エルミート行列と同様に固有値が実数となり、観測量が実数である結果に対応したものになります。

 

運動量演算子のエルミート性

さきほどから演算子という言葉を使っていますが、これは行列を一般化したものです。

線形代数では有限次元の線形空間・ベクトルを考えますが、量子力学では波動関数を扱うため、(無限次元の)関数空間を考えます。関数空間における線形写像を、線形作用素(linear operator)、または演算子と呼ぶわけです。

具体的な関数空間としては、2乗可積分な関数のなす空間\(L^2(\mathbb{R})\)を考えることが多く、そこでは内積

\[ \begin{aligned}\langle f,g \rangle= \int_{-\infty} ^\infty f(x) \overline{g(x)}dx\end{aligned} \]

を考えます。線形代数のときと同様に、

\[ \begin{aligned}\langle Af,g \rangle= \langle f, Ag\rangle\end{aligned} \]

を満たす演算子をエルミート演算子と呼びましょう。

 

ひとつの例として、運動量演算子\(P (f)= -i \hbar \frac{df}{dx} \)がエルミート演算子であることを確かめてみます。

(\(\hbar\)はプランク定数と呼ばれる定数。)(関数空間は適切に調整され、無限遠方で減衰するものと仮定します)

部分積分と無限遠での減衰を使うと、

\[ \begin{aligned}   \langle Pf,g \rangle &=\int_{-\infty} ^\infty -i \hbar \frac{df}{dx} (x)\overline{g(x)}dx\\ &=[-i \hbar f(x)\overline{g(x)}]_{-\infty}^\infty\\ &+ \int_{-\infty} ^\infty f(x) i \hbar  \frac{d}{dx}\overline{g(x)}dx  \\ &= \int_{-\infty} ^\infty f(x) \overline{-i \hbar \frac{dg}{dx}(x)}dx \\ &=\langle f,Pg \rangle \end{aligned} \]

となり、エルミート演算子であることがわかりました。

ここで虚数単位\(i\)をつけずに、\(Q (f)= – \hbar \frac{df}{dx} \)という微分演算子を考えると、部分積分による符号変化が整理できず、エルミートにはならずに困ってしまいます。

参考:量子力学の基本法則 – 岡本良治のホームページ

 

以上、なぜ複素の線形代数を考えるか、運動量演算子のエルミート性を紹介してきました。

本当はもう少し量子力学、複素数が本質的に必要であることについてわかりやすく説明できると良いのですが、それについては僕の勉強不足です。

エルミート行列や固有値の考え方を一般化すると、有限次元のベクトルでなく関数になって、エルミート演算子という考え方につながります。それは量子力学において、観測量が実数であるという要請に役立つものです。今回の話で、そんな分野のつながりを感じ取ってもらえたら嬉しいです。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

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