どうも、木村(@kimu3_slime)です。
今回は、行列のフロベニウス内積とは何か、その性質と回転行列での計算例を紹介します。
行列のフロベニウス内積
\(M= M(m,n,\mathbb{R})\)を\(m\times n\)行列のなす線形空間としましょう。そこに次のようにして内積を定めることができます。\(A,B \in M\)に対し、
\[ \begin{aligned}\langle A,B\rangle:= \mathrm{tr}(A^T B)\end{aligned} \]
と定義しましょう。これを行列のフロベニウス内積(Frobenius inner product)と呼びます。\(\mathrm{tr}\)は行列のトレースで、対角成分の和を指しています。
\(m=1\)のとき、\(A=a=(a_1,\dots,a_n)\)、\(B=b=(b_1,\dots,b_n)\)は単なる\(n\)成分のベクトルですが、その内積は
\[ \begin{aligned}\langle A,B\rangle= \sum_{i=1}^n a_ib_i = \langle a,b\rangle\end{aligned} \]
と、ベクトルのユークリッド内積(標準内積)と一致します。行列のフロベニウス内積は、ベクトルの内積を拡張したようなものと言えるでしょう。
フロベニウス内積を、\(A=(a_{ij}),B=(b_{ij})\)と成分で表示してみましょう。
\(A^{\top}B\)の\(i,j\)成分は、転置に気をつけて、行列の積の定義から\(\sum_{k=1}^m a_{ki}b_{kj}\)です。したがって、対角成分は\(\sum_{k=1}^m a_{ki}b_{ki}\)となり、対角成分の和は
\[ \begin{aligned} \mathrm{tr}(A^T B)&= \sum_{i=1}^n\sum_{k=1}^m a_{ki}b_{ki}\\ &= \sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^m a_{ij}b_{ij} \ \end{aligned} \]
となります。行列の各成分ごとの積を取って足し合わせたもので、ベクトルのユークリッド内積と全く同じ計算方法ですね。
行列に内積があると、そこから行列のノルム(フロベニウスノルム)を定めることができます。
\[ \begin{aligned} \|A\|&:= \sqrt{\langle A,A\rangle}\\ &=\sqrt{\sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^m a_{ij}^2} \end{aligned} \]
で、これもベクトルのユークリッドノルムに対応したものですね。
では、フロベニウス内積が(抽象)内積の定義を満たすことを確かめましょう。
トレースは対角成分の和なので、
\[ \begin{aligned}\mathrm{tr}A^{\top}=\mathrm{tr}A\end{aligned} \]
\[ \begin{aligned}\mathrm{tr}(A+B)= \mathrm{tr}A + \mathrm{tr}B\end{aligned} \]
\[ \begin{aligned}\mathrm{tr}(\lambda A) = \lambda \mathrm{tr}A\end{aligned} \]
が成り立ちます。これを使っていきましょう。
対称性:
\[ \begin{aligned} \langle A,B\rangle&=\mathrm{tr}(A^{\top} B)\\&= \mathrm{tr}((A^{\top} B)^{\top}) \\&= \mathrm{tr}(B^{\top} A) \\&= \langle B,A\rangle\end{aligned} \]
線形性:
\[ \begin{aligned} \langle \lambda A+B, C \rangle&= \mathrm{tr}((\lambda A+B)^{\top} C) \\&= \mathrm{tr}((\lambda A^{\top}+B^{\top}) C)\\&= \mathrm{tr}(\lambda A^{\top}C+ B^{\top}C) \\&= \lambda\mathrm{tr}( A^{\top} C)+\mathrm{tr}(B^{\top}C) \\&= \lambda\langle A, C \rangle +\langle B, C \rangle\end{aligned} \]
正定値性:
\[ \begin{aligned} \langle A,A\rangle &=\sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^m a_{ij}^2 \\& \geq 0\end{aligned} \]
であり、\(A \neq O\)ならば、ある成分がゼロでない\(a_{ij} \neq 0\)なので、\(\langle A,A\rangle>0\)です。
よって、\(\langle \cdot, \cdot\rangle\)が内積の定義を満たすことがわかりました。
回転行列のなす角度
行列のなす線形空間\(M\)には、内積が定まりました。それによって、行列\(A,B\)のなす角度を
\[ \begin{aligned}\cos \theta = \frac{\langle A,B\rangle}{ \|A\| \|B\|}\end{aligned} \]
を満たす\(0\leq \theta \leq \pi\)として定義できます。
参考:コーシー・シュワルツの不等式とは:証明と幾何学的な意味
2次の回転行列
\[ \begin{aligned}R_\alpha = \begin{pmatrix} \cos\alpha& -\sin \alpha\\ \sin\alpha & \cos \alpha \end{pmatrix}\end{aligned} \]
\[ \begin{aligned}R_\beta= \begin{pmatrix} \cos \beta& -\sin \beta\\ \sin\beta& \cos \beta\end{pmatrix}\end{aligned} \]
のなす角度を求めてみましょう。
そのノルムと内積は
\[ \begin{aligned} \|R_\alpha\|&= \sqrt{(\cos \alpha )^2+(-\sin \alpha)^2+( \sin\alpha)^2 +( \cos \alpha)^2}\\ &= \sqrt{2} \end{aligned} \]
\[ \begin{aligned}\|R_\beta\| = \sqrt{2}\end{aligned} \]
\[ \begin{aligned} \langle R_\alpha,R_\beta\rangle&= \cos \alpha \cos \beta +(-\sin \alpha)(-\sin \beta)\\ & +\sin \alpha \sin \beta +\cos \alpha \cos \beta \\ &=2(\cos \alpha \cos \beta +\sin \alpha \sin \beta) \\&= 2 \cos (\beta-\alpha) \end{aligned} \]
なので、
\[ \begin{aligned} \cos \theta = \frac{\langle R_\alpha,R_\beta\rangle}{ \|R_\alpha\| \|R_\beta\|}\\&= \frac{2 \cos (\beta-\alpha) }{\sqrt{2}\sqrt{2}} \\ &= \cos (\beta-\alpha) \end{aligned} \]
です。もし\(0 \leq \beta – \alpha \leq \pi\)ならば、\(\theta \beta – \alpha\)と求められました。
フロベニウス内積は、回転行列のなす角度の違いがちょうど測れるような内積、というわけです。
以上、行列の内積とその性質、回転行列のなす角度を紹介してきました。
ベクトルに対して内積の定め方がいくつかあるように、行列に対してもいくつかの内積の定め方があります。今回紹介したフロベニウス内積は、ベクトルの標準的な内積(ユークリッド内積)を自然に拡張したものと言えて、イメージしやすいのではないでしょうか。
木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。
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