どうも、木村(@kimu3_slime)です。
線形代数では、特に行列のべき乗を計算するときに、べきゼロ行列というものを扱います。
今回は、べきゼロ行列とは何か、その例、指数行列の計算、性質を紹介します。
べきゼロ行列とは
べきゼロ行列とは、何回掛けていくと、べき乗していくとゼロ行列になるような行列です。例えば、
\[ \begin{aligned}A= \begin{pmatrix} 0&1\\ 0&0\end{pmatrix}\end{aligned} \]
はべきゼロ行列です。
\[ \begin{aligned} A^2&= \begin{pmatrix} 0&1\\ 0&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix} 0&1\\ 0&0\end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} 0&0\\ 0&0\end{pmatrix}\end{aligned} \]
となるので。
一般に、正方行列\(A\)がべきゼロ行列(nilpotent matrix)であるとは、\(A^k= O\)を満たす正の整数\(k\)が存在することです。べき零(べきれい)行列、冪零行列と表記することも。
通常の数(例えば実数)を考えると、\(x \neq 0\)ならば、何乗したとしても\(x ^k \neq 0\)です。しかし、行列ではゼロでない行列を何乗かしたとき、ゼロになることがありうる、というわけです。それにべきゼロ行列という名前をつけました。(行列に限らず、一般に環\(R\)において\(x^ k= 0_R\)となる要素\(x\)をべきゼロ元と言います。)
3次のべきゼロ行列の例を挙げましょう。
\[ \begin{aligned}A= \begin{pmatrix} 0&1 &2\\ 0&0&-1\\0&0&0\end{pmatrix}\end{aligned} \]
として、べき乗を計算していきます。これは上三角行列なので、左下の成分が0、対角成分は対角成分の積で0になることに注意すると簡単です。
\[ \begin{aligned} A^2&= \begin{pmatrix} 0&1 &2\\ 0&0&-1\\0&0&0\end{pmatrix} \begin{pmatrix} 0&1 &2\\ 0&0&-1\\0&0&0\end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} 0&0&-1\\ 0&0&0\\0&0&0\end{pmatrix} \end{aligned} \]
\[ \begin{aligned} A^3&= \begin{pmatrix} 0&1 &2\\ 0&0&-1\\0&0&0\end{pmatrix} \begin{pmatrix} 0&0&-1\\ 0&0&0\\0&0&0\end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} 0&0&0\\ 0&0&0\\0&0&0\end{pmatrix} \end{aligned} \]
となり、\(A^3=O\)なのでべきゼロ行列です。
一般に、対角成分がすべて0の三角行列は、べきゼロ行列になります。行列のサイズ\(n\)による帰納法、\(A= \begin{pmatrix} 0&a\\ 0&A_{n-1} \end{pmatrix}\)とブロック分けすれば、2次の例と全く同じ計算でゼロ行列になるので。
このような行列は、べきゼロ三角行列(nilpotent triangular matrix)と呼ばれます。
べきゼロ行列を考えるときに、べきゼロ三角行列を想定することは多いです。しかし、すべてのべきゼロが三角行列とは限らないことに注意しましょう。例えば、
\[ \begin{aligned}A= \begin{pmatrix} 1&-1\\ 1&-1\end{pmatrix}\end{aligned} \]
は、非三角なべきゼロ行列です。
指数行列の計算
なぜべきゼロ行列を考えるかと言えば、行列のべき乗\(A^k\)を使った和が簡単になるからです。指数行列
\[ \begin{aligned} e^A &= I+ A + \frac{1}{2}A^2 +\cdots \\ &= \sum_{k=0}^{\infty} \frac{1}{k!} A^k \end{aligned} \]
は、線形微分方程式を解くために使われる重要なツールです。
行列\(A\)に対して、そのまま\(e^{A}\)を求めるのは難しいです。なぜなら、行列のべき乗\(A^k\)は、一般には簡単に求められないし、無限和(極限)を見抜くのが難しいからです。しかし、べきゼロ行列\(N\)ならば、その指数行列は、
\[ \begin{aligned} e^N &= \sum_{k=0}^{\ell } \frac{1}{k!} N^k \end{aligned} \]
と有限和になります。
指数行列の簡単なケースでの計算に慣れてみましょう。
\[ \begin{aligned}A= \begin{pmatrix} 1&-1\\ 1&-1\end{pmatrix}\end{aligned} \]
ならば、\(A^2 =O\)なので、
\[ \begin{aligned}e^A = I+A =\begin{pmatrix} 2&-1\\ 1&0\end{pmatrix}\end{aligned} \]
です。簡単ですね。
3次の例なら、
\[ \begin{aligned}A= \begin{pmatrix} 0&1 &2\\ 0&0&-1\\0&0&0\end{pmatrix}\end{aligned} \]
\[ \begin{aligned} A^2 &= \begin{pmatrix} 0&0&-1\\ 0&0&0\\0&0&0\end{pmatrix} \end{aligned} \]
\(A^3=O\)なので、
\[ \begin{aligned} e^A &= I+A +\frac{1}{2}A^2 \\ &= \begin{pmatrix} 1&1&\frac{3}{2}\\ 0&1&-1\\0&0&1\end{pmatrix} \end{aligned} \]
となりました。
もう少し一般の指数行列の計算にも、べきゼロ行列の計算が応用できます。
\[ \begin{aligned}A= \begin{pmatrix} 3&1 &0\\ 0&3&1\\0&0&3\end{pmatrix}\end{aligned} \]
の指数行列を求めましょう。
\[ \begin{aligned}D= \begin{pmatrix} 3&0 &0\\ 0&3&0\\0&0&3\end{pmatrix}\end{aligned} \]
\[ \begin{aligned}N= \begin{pmatrix} 0&1 &0\\ 0&0&1\\0&0&0\end{pmatrix}\end{aligned} \]
と置くと、\(A=D+N\)です。\(N\)はべきゼロ行列ですね。
一般に指数行列の性質として、\(A,B\)が可換(\(AB=BA\))ならば、\(e^{A+B}=e^A e^B \)というものがあります。
\(D\)は単位行列の定数倍(スカラー行列)なので、どんな行列とも可換です。特に、\(DN =ND\)が成り立ちます。したがって、\(e^{A} =e^{D+N}=e^D e^N\)と計算できるわけです。
\[ \begin{aligned}D^k= \begin{pmatrix} 3^k&0 &0\\ 0&3^k&0\\0&0&3^k\end{pmatrix}\end{aligned} \]
なので、
\[ \begin{aligned}e^D = \begin{pmatrix} e^3&0 &0\\ 0&e^3&0\\0&0&e^3\end{pmatrix}\end{aligned} \]
です。一方、
\[ \begin{aligned} e^N &= I+N +\frac{1}{2}N^2 \\ &= \begin{pmatrix} 1&1&\frac{1}{2}\\ 0&1&1\\0&0&1\end{pmatrix} \end{aligned} \]
です。よって、
\[ \begin{aligned} e^A &=e^D e^N \\ &= \begin{pmatrix} e^3&0 &0\\ 0&e^3&0\\0&0&e^3\end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1&1&\frac{1}{2}\\ 0&1&1\\0&0&1\end{pmatrix} \\ &=\begin{pmatrix} e^3& e^3&\frac{1}{2}e^3\\ 0&e^3&e^3\\0&0&e^3\end{pmatrix}\end{aligned} \]
と計算できました。
(ちなみに、\((D+N)^k =\sum_{\ell =0}^k {}_k C_\ell D^{k-\ell} N^{\ell}\)と2項展開して、直接計算することもできます。\(N^3=O\)なので\(N\)の3次以降の項は消えます。二項展開するのには、行列が可換であるという仮定を使っていることに注意。)
一般に、どんな行列も、ジョルダン標準形と呼ばれる単純な上三角行列に変形することができます。それはブロック対角行列であり、各ブロックが
\[ \begin{aligned}J(\lambda , k)=\begin{pmatrix} \lambda & 1& 0&\cdots&0\\ 0& \lambda & 1&0&\cdots&0 \\ \vdots&\ddots & \\ \vdots& &\ddots \\0& \cdots & &0&\lambda&1 \\ 0 &\cdots & &0&\lambda \end{pmatrix}\end{aligned} \]
という形をしたものです(ジョルダン細胞)。その部分は、\(J(\lambda ,k)= \lambda I +N\)と、対角行列とべきゼロ行列の和に分解できます。したがって、今回のようにべき乗や指数行列が比較的簡単に計算できることがわかりますね。
(べきゼロ行列のジョルダン標準形では、ジョルダン細胞の対角成分が0 \(\lambda =0\) となることが知られています。それをべきゼロ行列の標準形と呼びます。その観点から言えば、すべてのべきゼロ行列は、上三角べきゼロ行列として見れるわけですね。)
べきゼロ行列の性質
最後に、べきゼロ行列について、その他の性質を簡単に紹介しておきます。
和、スカラー倍、積
べきゼロ行列同士の和は、一般にべきゼロ行列とは限りません。例えば、
\[ \begin{aligned}A= \begin{pmatrix} 0&1\\ 0&0\end{pmatrix}\end{aligned} \]
\[ \begin{aligned}B= \begin{pmatrix} 1&-1\\ 1&-1\end{pmatrix}\end{aligned} \]
はべきゼロ行列ですが、その和
\[ \begin{aligned}A+B= \begin{pmatrix} 1&0\\ 1&-1\end{pmatrix}\end{aligned} \]
は、べきゼロ行列ではありません。三角行列の積は三角行列で、その対角成分は対角成分の積となるからです。何乗しても対角成分は0になりませんね。
もしべきゼロ行列\(A,B\)が可換(\(AB=BA\))ならば、\(A+B\)はべきゼロ行列になります。可換性があると、二項展開をすれば、大きなべきを考えるとゼロ行列になるので。
べきゼロ行列のスカラー倍は、べきゼロ行列です。これは単純に\((cA)^k =c^k A^k =O\)となるからですね。
べきゼロ行列同士の積は、一般にべきゼロ行列とは限りません。上で挙げた例を使えば良いです。
もしべきゼロ行列同士の積が可換ならば、その積はべきゼロ行列と言えます。\((AB)^k= ABAB\cdots AB=A^k B^ k =O\)となるので。
可逆性、行列式
べきゼロ行列は、可逆ではありません。すなわち、必ず逆行列を持ちません。
仮に\(AB = BA=I\)を満たす行列\(B\)が存在したとしましょう。両辺を\(k\)乗すると、右辺は単位行列のままです。一方で左辺は、可換性を使って、\(A^k B^k =O\)となります。よって\(O = I\)が導かれ、矛盾しました。
行列が可逆でないことと、行列式が0であることは同値なので、べきゼロ行列の行列式は0です。
固有値、最大次数
べきゼロ行列の固有値は、すべて0です。
\(Ax = \lambda x\)としましょう。\(A^2 x=A(Ax)=A(\lambda x)= \lambda Ax =\lambda ^2 x\)です。同様にして、\(A^k x= \lambda ^k x\)となります。\(A\)がべきゼロ行列であることから、\(\lambda ^k x=0\)。\(x\)は固有ベクトル\(x \neq 0\)なので、\(\lambda ^k =0\)、すなわち\(\lambda =0\)が得られました。
行列の固有値の和、トレースについても、\(\mathrm{tr}A =0\)となります。
今回はすべての固有値が0になるので、固有方程式\(p_A (\lambda)=0\)の解はすべて0です。固有方程式は\(n\)次の多項式が定める方程式なので、因数定理より、\(0\)がn重解で、\(p_A (\lambda) = \lambda ^n\)となります。ケイリー・ハミルトンの定理によると、固有多項式の変数を行列に置き換えて、\(p_A (A) = O\)という等式が成り立ちます。さきほどの結果と合わせれば、\(A^ n=O\)です。
つまり、べきゼロ行列のべきの回数\(k\)は、最大でも行列のサイズ\(n\)以下となります。
もし目の前の行列が、べきゼロ行列でないことを示したいとしましょう。果てしなくべき乗を計算しなくても良いです。行列のサイズ乗まで計算して、ゼロにならなければ、べきゼロ行列でないと結論できるわけです。
ちなみに、さきほどの主張の逆:「固有値がすべて0である行列は、べきゼロ行列である」も正しいです。固有値がすべて0だと、上の議論と同様にして、\(A^n=O\)となるので。
ここから、対角成分がすべて0であるような三角行列は、べきゼロ行列であることがわかります。三角行列の固有値はその対角成分に等しいので、固有値がすべて0になり、したがってべきゼロ行列と言えます。
以上、べきゼロ行列とは何か、具体例、指数行列の計算、性質を紹介してきました。
行列のべき乗や指数行列を計算することを考えると、自然とべきゼロ行列という考え方が浮かび上がってきます。ジョルダン標準形が優れているのは、各ブロックを対角行列とべきゼロ行列の和に表せて、結果として全体のべき乗が計算しやすいからです。
特に上三角なべきゼロ行列は、たとえサイズが大きくても計算しやすいので、ぜひその指数行列を求められるようになってみてください。
木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。
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