どうも、木村(@kimu3_slime)です。
今回は、日常・ビジネス・コンサルで流用・乱用されがちな数学用語をいくつか紹介します。
因数分解
「因数分解」は、「物事をいくつかの要素に分解する」という意味で使われています。
簡単に言うと「物事を構成している”要素”を分解すること」です。
売上を因数分解すると、 売上=客数×客単価 みたいな感じです。
引用:「因数分解」できれば、すべての問題は解決する – ものづくり企業戦略考察ブログ
数学においては、\(x^2 +3x +2\)のような高次の多項式を、\((x+1)(x+2)\)のような1次の多項式の積として表すことを、因数分解(factorization)と呼びます。
また、\(30 = 2\cdot 3\cdot 5\)と数を素数の積として表すことは、素因数分解(prime factorization)と呼ばれています。
英語の factorization は、要素 factor に分解するということ。日本語で因数分解というと、数の分解になってしまうので、ビジネス的な意味なら、要素分解とか因子分解といった方が適切そうです。それでも、数量的に捉えるというニュアンス込みで、因数分解というのはアリかもしれません。
ベクトル
「ベクトル」は、「人の考え方や価値観を向きに例えたもの」として使われます。「ベクトルが合う・合わない」「ベクトルが違う」、など。
(1から転じて)方向性をもつ力。物事の向かう方向と勢い。「各省庁間のベクトルの大小を比較する」「彼とはベクトルが合う」「組織内の各人がばらばらにベクトルを立てる」
引用:ベクトル – goo辞書
人間にはそれぞれさまざまな考え方があります。もし社員一人一人がバラバラな考え方に従って行動したらどうなるでしょうか。
それぞれの人の力の方向(ベクトル)がそろわなければ力は分散してしまい、会社全体としての力とはなりません。
数学では、ベクトル(vector)とは大きさと向きを持った量(幾何ベクトル)と高校で学ぶでしょう。または、いくつかの数の組(位置ベクトル・数ベクトル)のことです(もしくは抽象ベクトル空間の要素)。
「ベクトルが合う」という言い回しは数学的には変で、その状況はベクトルが同じ向きを向いている、平行である(線形従属である)というべきでしょう。
根本的には、「ベクトル」という言葉を使って、もっぱら「向き」しか考えていないことが疑問点ですね。ベクトルが持つ大きさのことを考慮に入れていません。それならば、向きや方向性と言えば良いと思います。それでも、「ベクトルを合わせよう」と言う言い方は、かっこいい感じがして使いやすいのでしょうね。
期待値
「期待値」とは、「相手の人・物事に対する期待度合い」という意味で使われるようです。「期待値をコントロールする」、など。
2 《1から転じて》物事に対する期待の度合い。「次の政権に対する期待値が高い」
引用:期待値 – goo辞書
ざっくり言ってしまえば、「いい印象」は上司や同僚の期待値を上回った時に生じます。逆に、上司や同僚の期待値を下回る成果しか出せないと「悪い印象」が生じることになります。
ちなみに似ている言葉使いだなと思う言葉に、実感値というものがあります。例えば「『実感値』を数値化したい話」。人間の期待や実感の強さを数量的に捉えたい、という気持ちで「~~値」という言葉が使われているのでしょう。
数学では、期待値(expected value)は、ある試行によって結果的に得られる値の、確率的な平均値のことです。例えばあるギャンブルに参加するとき、長期的に見て1回あたり平均どれくらい損をするのかは、期待値を求めることでわかります。
数学における期待値という用語は、そもそも「期待」という日常用語の数学への流用とも見て取れるので、幅広い意味で使われるのはおかしなことではないでしょう。
ただし、単なる期待度合いとしての期待値と、確率における期待値は全くの別物であることに注意しましょう。数学的な期待値は「人の期待・願望」に左右されるようなものではありません。
最大公約数
「最大公約数」は、「その場の全員の言い分に共通する考え」といった意味で使われているのではないでしょうか。
2 種々の意見の間にみられる共通点。「多くの発言の中から最大公約数を出す」
議論を尽くしたうえで、全員の最大公約数を集めた合議による意思決定ではなく、私自身が身をもって決断したことが、問題解決や成果に結びつくことが多かったように思えます。
引用:意見の最大公約数で結論づけても何も生まれないという話 – 秋山勝
悪い意味で捉えれば、みんなの意見をまとめた当たり障りのない考えというニュアンスを持っています。
数学では、2つの数に共通する最大の約数を最大公約数(greatest common divisor)と言います。例えば、\(20,32\)の(正の)公約数は\(1,2,4\)なので、最大公約数は\(4\)です。
人の意見について言うならば、単に共通する意見と言えばいいんじゃないか、と思います。公約数といったら数になってしまいますし。となると、最大公約数とあえていうのは、理想的に見えるけど机上論だ、と言いたい状況なのでしょう。
写像
写像……は、あまり日常的に聞く印象はありません。が、ひろゆきさんと勝間さんとの対談で注目されています。
ひろゆき(にこやかに笑いながら)「インターネットの話ならインターネットの話をしてください。なんか今、リアルの話をしだしたのは勝間さんですよね?」
勝間「違うんですよ! リアルの話に対してのインターネットが『写像』であることに−−」
ひろゆき「『写像』?」
勝間「………。(突然無言になり笑う)」
ひろゆき「なんですか? 『写像』って…」
引用:ひろゆき「なんですか? 『写像』って…」 勝間「……だめだコレ(笑)」 – 名トークログ
ここでの写像は、写し絵や虚像といった、「一方の状況を写し取った状況にあること」を意味しているのではないでしょうか。
数学における写像(mapping)とは、入力に対してただひとつの出力が決まるような対応関係のことです。出力が数のときは、写像は関数と呼ばれています。
上の発言は、写像という言葉を使っていますが、数学における写像と関係なさそうです。哲学においては、ウィトゲンシュタインが写像理論という考え方を残したようですね。
参考:第八回講義 §3 前期Wittgenstein(続き)(3)写像理論の説明
以上、日常やビジネス、コンサルで流用されがちな数学用語を紹介してきました。用語というか微妙ですが、ベン図も、かなり集合を捉える意味合いとは別で使われている印象があります。
「期待値」のように、数学とは全く別の用語です、たまたまかぶっているだけで数学用語との区別が明白、というパターンなら問題なさそうです。マーフィーの法則のようなそれっぽく見せかけたジョーク、言葉遊びと自覚しているなら良いでしょう。
かっこよく見せたいがために数学用語・学術用語を使いたい気持ちも、わからなくはありません。ただし、ただ賢く・難しく見せるためだけに用語を借りたり、数学用語だから正しいと見せかけるのは危険な使い方と言えます。ソーカル事件のようになりかねません。
もし数学と共通する用語を日常やビジネスで見かけたら、それがどんな意味で使われているのか考えてみると、騙されにくい人になれるでしょう。
木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。
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