ベクトルの大きさの二乗の展開の注意点:||a+b||^2を例に

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

数\(a,b\)についてその二乗の展開は

\[(a+b)^2 = a^2+2ab+b^2\]

ですが、ベクトル\(a,b\)の大きさの二乗の展開は、

\[\|a+b\|^2 = \|a\|^2 +2\|a\|\|b\|+\|b\|^2\]

ではありません。正しくは、

\[\|a+b\|^2 = \|a\|^2 +2\langle a,b\rangle+\|b\|^2\]

となります。ベクトルの大きさ(ノルム)の二乗の展開をするときの注意点について、考えていきましょう。

 

まず、

\[\|a+b\|^2 = \|a\|^2 +2\|a\|\|b\|+\|b\|^2\]

という等式が正しいとは限らないことを、例を通じて確かめましょう。

\(a=(1,0),b=(0,1)\)というベクトルを考えます。\(\|a\|=1,\|b\|=1\)ですね。また、その和は\(a+b=(1,1)\)なので、大きさは\(\|a+b\|= \sqrt{1^2+1^2}=\sqrt{2}\)です。

よって、

\[\|a+b\|^2 = 2\]

\[ \|a\|^2 +2\|a\|\|b\|+\|b\|^2=4\]

となるので、これらは等しくありません。

内積を計算すると、\(\langle a,b\rangle = 1\cdot 0 +0\cdot1 =0\)なので、

\[\|a+b\|^2 = \|a\|^2 +2\langle a,b\rangle+\|b\|^2\]

という等式は確かに成り立っていることがわかります。

 

では、一般的に

\[\|a+b\|^2 = \|a\|^2 +2\langle a,b\rangle+\|b\|^2\]

が成り立つことを確かめましょう。

そもそもの注意点ですが、\(\|a+b\|^2\)というベクトルの大きさの二乗は、\((a+b)^2\)という数の二乗とは別物です。したがって、\(\|a+b\| \cdot \|a+b\|\)が数のように展開計算できるわけではない(分配法則が成り立たない)ことに注意しましょう。

それでも二乗が展開できるのは、ベクトルの大きさ(ノルム)と内積との間に

\[\|x\|^2 = \langle x,x\rangle\]

という等式が一般に成り立つからです。例えば、2次元のベクトル\(x=(x_1,x_2)\)とユークリッド内積・ノルムを考えると、

\[\begin{aligned} \langle x,x\rangle &= x_1 x_1 +x_2 x_2 \\&= x_1^2 +x_2^2 \\&= (\sqrt{x_1^2+x_2^2})^2 \\&=\|x\|^2\end{aligned}\]

となりますね。また、内積を含む計算では

\[\langle a+b,c\rangle = \langle a,c\rangle+\langle b,c\rangle\]

\[\langle a,b+c\rangle = \langle a,b\rangle+\langle a,c\rangle\]

\[\langle a,b\rangle = \langle b,a\rangle\]

といった等式(線形性と対称性)が成りたちます。

これらの性質を駆使してノルムの2乗を展開すれば、

\[\begin{aligned} &\|a+b\|^2 \\&=\langle a+b,a+b\rangle \\&= \langle a,a+b \rangle +\langle b,a+b \rangle \\&= \langle a,a \rangle + \langle a,b \rangle \\& +\langle b,a \rangle+\langle b,b \rangle \\&= \|a\|^2 +2\langle a,b\rangle+\|b\|^2 \end{aligned}\]

となることが示せました。

一般の内積、複素内積においては、\(\langle a,b \rangle= \langle b,a \rangle \)とは限らないことに注意しましょう。期待できるのは\(\langle a,b \rangle= \overline{ \langle b,a \rangle} \)のみです。もし\(\langle a,b \rangle \in \mathbb{R}\)ならば、複素内積についても同様の等式が得られます。

 

中身の和に係数をつければ、

\[\|\lambda a+ \mu b\|^2 = \lambda ^2\|a\|^2 +2\lambda \mu \langle a,b\rangle+ \mu ^2\|b\|^2\]

となります(確かめてみてください)。例えば、

\[\| a- b\|^2 =\|a\|^2 -2\langle a,b\rangle+ \|b\|^2\]

です。

 

以上、ベクトルの大きさの二乗の展開の注意点について紹介してきました。

この展開式は、例では2次元でユークリッドノルムを紹介しましたが、それに限らず一般的なノルムや内積について成り立つ性質です。

ノルムや内積の一般的な性質(定義)は、当たり前の等式に見えて、慣れるまで何が正解なのかわかりにくいかもしれないので、証明で用いた等式をチェックして理解を深めると良いでしょう。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

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