どうも、木村(@kimu3_slime)です。
今回は、複素ベクトルの内積で共役を取るのはなぜか、内積の定義について紹介します。
複素線形空間\(\mathbb{C}^N\)における内積は、\(z=(z_1,\dots,z_N)\)、\(w=(w_1,\dots,w_N)\)を複素ベクトルとして、
\[\langle z,w\rangle : = \sum_{k=1}^N \overline{z_k} w_k\]
と定義されます。ここで\(\overline{z_k}\)は複素数\(z_k\)の複素共役です。
これによって定義される内積を、複素内積、エルミート内積と呼びます。
前者\(z_k\)でなく後者\(w_k\)に複素共役をつける定義もありますが、どちらでも本質的には同じです。
なぜ、複素内積では一方の成分の複素共役を取るのでしょうか。
それは0でないベクトルの長さが0とならないようにするためです。
\(N=2\)で、\(z= (1,i)\)としてみましょう。複素共役を取らない「擬内積」\(\langle z,w\rangle_p\)について計算してみると、
\[\begin{aligned} \langle z,z\rangle_p &= 1^2+i^2 \\&= 1-1\\&=0 \end{aligned}\]
となります。
これは内積の定義の条件、正定値性「\(z\neq 0\)ならば、\(\langle z,z\rangle >0\)」に反しています。したがって、擬内積\(\langle z,w\rangle_p\)は内積として認められないわけです。(複素共役を取った内積は、この条件を満たします。)
これは次のように言い換えることもできます。内積が定義できるとき、それはノルム(長さ)と次のような関係にあります。
\[\langle z,z\rangle = \|z\|^2\]
\[\|z\|:= \sqrt{\sum_{k=1}^N |z_k|^2}\]
ノルム(長さ)の定義にも、同様の正定値性「\(z\neq 0\)ならば、\(\|z\| > 0\)」があります。
共役を取らない擬内積について、\(z=(1,i)\)を考えると、それは0ベクトルでないにもかかわらず、長さ(擬ノルム)が0になってしまいます。それを導くような擬内積は、「内積」としては扱わないというわけですね。
複素ベクトルのノルム(長さ)の定義は、実ベクトルと違って
\[\|z\|_p = \sqrt{\sum_{k=1}^N z_k ^2}\]
ではないことに注意しましょう。\(i^2 =-1\)であるように、複素数の二乗は非負の値とは限らないのです。複素数の絶対値と複素共役の関係には、\(|z_k|^2 =\overline{z_k}z_k\)というものがあります。この関係式を見ても、共役を取る自然さがわかりますね。
ちなみに、共役と転置を取る操作は、複素ベクトルの線形代数でよく使われるため、専用の記号があります。\(A\)を複素成分の行列として
\[A^{H}: =(\overline{A})^T\]
を\(A\)の共役転置行列(conjugate transpose)、エルミート転置行列(Hermitian transpose)と呼びます。\(A^\top\)は行列の転置、\(\overline{A}\)は各成分の複素共役を取る操作です。
\(A^H\)は文章や分野によって、\(A^{*}\)、\(A^{\dagger}\)とも書かれます。
この記号を用いると、複素ベクトルの内積とノルムは
\[\langle z,w\rangle = z^{H} w\]
\[\|z\|^2 = z^{H} z\]
と表せます。
以上、複素ベクトルの内積で共役を取るのはなぜか、内積の定義について紹介してきました。
共役を取らないと、虚数単位の効果によって、自分自身との内積(=長さ)が0になってしまうことがあるわけですね。内積とノルムの関係を知ると、共役を取る操作が自然に思えるでしょう。
木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。
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