文章読解が理解の第一歩 「数学書の読みかた」レビュー

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

今回は、数学について地に足ついた理解を得るために良い入門書として、「数学書の読みかた」のレビューをします。
 

数学書の読みかた
数学書の読みかた

posted with AmaQuick at 2022.06.01
竹山美宏(著)
森北出版 (2022-03-08T00:00:01Z)
5つ星のうち4.3
¥2,900 (中古品)

 



どんな本か

大学数学の教科書=数学書は、高校数学までの教科書と違った独特のスタイルで書かれていて、きちんと読むのが難しいです。

そんな数学書の具体的な読み方を、コンパクトに伝えてくれる入門書が、「数学書の読みかた」です。

例えば

  1. 定義は設定もあわせて覚える
  2. 具体例の主題・主張・理由を押さえる
  3. 定義を使って議論する
  4. 命題の仮定と結論をとらえる
  5. 根拠と結論のつながりをひとつひとつ確認する
  6. 数式が意味する主張を確認する
  7. 命題は正確にあてはめて使う

など、大学の数学科できちんと数学を学んだ人は当然している数学の文章を読み方を、高校生ぐらいの前提知識で学べる本です。

著者の竹山さんは数学者であり、ウェブ上に「数学書の読み方について」を公開しています。それをもとにした文章で、より体系的に具体例を増やし100ページほどの本になっています。

 

目次

  • 第1部 基礎編
    • 第1章 数学書はどのようなものか
    • 第2章 数学語を身につける
    • 第3章 数学書の読みかたの基本
    • 第4章 全称と存在の議論を読みこなす
  • 第2部 実践編
    • 第5章 数学の文章を読みこなす:写像を題材として
    • 第6章 さまざまな論法

 

良い点

僕が大学の数学科で学び得た最も価値のあるスキルのひとつは、数学書をきちんと読めることです。数学科に入らなければ、決してそのような緻密な読解ができるようにならなかったと思います。

その考え方を、数学科に所属しなくても、高校生レベルで読める本としてまとめあげている点で評価したいです。

僕が所属していた大学のカリキュラムでは、学部1年で微積分学・線形代数学といった具体的な数学の講義はあるものの、「数学の教科書をどう読めばいいか」については講義はありませんでした。

結果として、大学1年の最初は数学の本を読むのに非常に苦戦しました。何をすれば読んで理解したことになるのか、わからなかったのです。そこで色々な教科書を探し、集合論の教科書(具体的には松坂「集合と位相」)を通して、「そうか、数学の文章は、一行ずつ精密に検証していくものなのだ」と気づきました。

高校を卒業した人が大学数学の文章をきちんと読めるようになるまでには、論理のトレーニング、論理と証明、(少しの)集合論の知識が必要だと考えています。

参考:大学入学前に数学を予習したい人におすすめの本・勉強法

これらは現状カリキュラムに含まれていませんが、大学数学をきちんと学ぶ人は避けては通れない道です。その定番の教科書の一つとして、「数学書の読みかた」は使えるでしょう。講義で使うならば、学部1年生ならおよそ15回(半年)ほどの内容かと。

 

もう少し中身に踏み込んだ話をしましょう。

まず冒頭で、論理の本では説明されないことも多い数学書特有の話、「定義、定理、証明の繰り返し」、それによって理論が体系化されていることがわかりやすく説明されている点が良いです。「定義」など見出しがついていない地の文の読解も重要であるという指摘は、確かにそうなのですが、この本で見るまで気づきませんでした。

続いて論理の用語、「かつ、または、ならば、でない」が紹介されますが、その数学における意味を紹介するだけでなく、日常語との違いが具体的に説明されています。全体を通して、この本は数学の教科書と違い、数学の文章をいかに気をつけて読むかが体系的に書かれているのが良いです。

 

気になる点

あくまで数学的な文章、特に文の読解に特化した本です。

僕個人としては、数学の本を読むときは、この本で書かれていたことに加え、「書かれていないこと」を読もうとしています。例えば、難しい定義や定理に出会ったら、それを満たす簡単な例を見つける。本の中の重要な定義や定理について、インフォーマルに要約したり、関連性を図示したりして、自分なりに体系を作る。そもそも、そこに書かれている数学を考える意義は何なのか考える。そうした拡張的な読み方は本でも言及されているのですが、具体例は少ないです。

もっとも、それについて具体的に説明しようとすると、実際の教科書レベルの題材が必要となり、本が厚くなってしまうので難しいと思います。あくまで半ページほどの数学的文章を題材にし、それを丁寧に読解すると2-3ページになる、ということの繰り返しは数学書読解の基本ではあります。その考え方はこの本(と実践)で身につけられるでしょう。

 

1,2,3,6章は高校レベルで読める題材ですが、4,5章は大学数学(理論系)の題材で、少し難しく感じる人もいるでしょう。学部1年で広く読んでほしいし、読めると思うのは1,2,3,6章です。4,5章は必要に応じて学ぶと良いでしょう。

もちろん、イプシロンエヌ論法といった基礎的な内容こそ、数学書の読解が難しい部分なので、それについて難しくない題材で書いてあるのは良いと思います。

 

細かいことですが個人的に気になった表現としては、「取る」という用語でしょうか。これは「固定する(fix)」と言ったりもしますね。

僕が数学書を読んでいて、数学系特有でわかりにくいと思った表現のひとつです。一応「「\(x\)を実数とする」は、「実数を勝手に1つ取ってきて、それに\(x\)という名前をつける」」といった説明はあります。

「取る」のニュアンスはわかるのですが、「どこからどのようにして取ってくるのだろう?」ということは今でもわかりません。「(新しい記号)\(x\)を実数と(仮定)する」のほうが、スタンダードな命題の形になっていて、迷いなくわかりやすいと思っています。

実際の使用例として、「正の数\(\varepsilon\)を任意に取る」「\(1/\varepsilon <m\)を満たす整数が取れる」という表現があり、全称と存在の両方で使われるものです。僕は昔、「取る=存在する」なのかなと思ったら、全称の意味でも使われているのを見て混乱しました。「\(\varepsilon\)を正の数と仮定する」「\(m\)を\(1/\varepsilon <m\)を満たす整数とする」以上の形式的な意味がないことに気づいたのは、だいぶ後になってのことです。

もちろん、イプシロンデルタなど、全称と存在を同時に考える文脈では、考えている文字が変数なのか固定されたものか(自由変数か、束縛変数か)を認識するのは大事です。その話の上で、「取る」という用語を使う本はありますし、それを読解できるようになったほうが良いでしょう。ただし本書は入門書であり、他の用語については注意深く説明してあるだけに、気になりました。

 

以上、「数学書の読みかた」のレビューをしてきました。

数学の学び方という点では「数学ガイダンスhyper」が類書だと思っていますが、それよりも数学書の読解について圧倒的に詳しく書かれているのが本書です。

もし理学部数学科に進みたいという学生がいたら、普通の教科書に合わせて、まずこの本を最初の1冊に進めます。数学専攻に限らず、広く数学を使う人、教養数学としてもこの本を使った講義があってほしいと思うくらいです。それだけ数学書は特殊な用語で書かれていて、訓練しなければ読み方は身につかないと思っています。

悲しいことに、数学の文章をきちんと読めなければ、いくら数学書を持っていて、読もうとしてもあまり身になりません。逆に言えば、それさえ身につければ、難しそうな本でも少しずつ自分の生きた知識に変えらるようになります。その一歩として、「数学書の読みかた」を使ってみてはいかがでしょうか。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

数学書の読みかた
数学書の読みかた

posted with AmaQuick at 2022.06.01
竹山美宏(著)
森北出版 (2022-03-08T00:00:01Z)
5つ星のうち4.3
¥2,900 (中古品)

 

集合・位相入門 (松坂和夫 数学入門シリーズ 1)
松坂 和夫(著)
岩波書店 (2018-11-07T00:00:01Z)
5つ星のうち4.6
¥2,860

 

数学ガイダンスhyper

数学ガイダンスhyper

posted with AmaQuick at 2022.03.12
数学セミナー編集部(編集)
日本評論社 (2005-03T)
5つ星のうち4.7
¥1,562 (中古品)

 

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