不等式の証明で等号成立を確かめる必要がないのはなぜか:≦の意味

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

高校数学では、不等式に関する問題で、等号成立を確かめることが多いようです。

数学的には、≦を使った不等式を示すときに、等号が成り立つかどうかを確認する必要はありません。その理由を、不等号の意味に立ち返って紹介していきます。

 



なぜか等号成立を確認する例

調べてみて驚いたのですが、特に相加相乗平均に関する問題で、聞かれてもいないのに等号成立を確認する例がありました。

画像引用:【式と証明】相加平均と相乗平均の等号成立条件 – 進研ゼミ高校講座

 

画像引用:【高校 数学Ⅱ】 式と証明24 相加相乗平均 (17分) – Try IT

 


もし、不等式が成り立つことの証明に加えて、等号が成立するかどうか尋ねたいなら、

\(x>0\)のとき、\(x+\frac{1}{x} \geq 2\)を示せ。また、等号が成立するかどうか、成り立つならばそのときの\(x\)を求めよ。

といった問題文にすれば良いのです。「不等式を示す」という単体の問題に対して、等号が成り立つかどうかは関係ありません。むしろ、余分な情報となってしまいます。

「ペンギンは鳥であるか」という質問に対し、「鳥はクチバシと羽を持っていて、ペンギンは鳥である。しかしペンギンは飛ばない」と、聞かれていないことを答えている状況になっています。間違ったことは言っていないし、雑談ならば良いのですが、学問的なコミュニケーションとしては微妙です。

 

不等号の意味

なぜ、聞かれてもいないのに等号が成立するかどうかチェックしているのでしょうか。

その理由のひとつには、不等号の意味がきちんとわかっていない、等号が成り立ちうるケースでないと\(\leq \)(小なりイコール)記号を使ってはいけないと思い込んでいることがあるのではないでしょうか。

 

まず、\(\leq\)(小なりイコール)の意味と使い方を確認しましょう。\(\geq\)(大なりイコール)でも同じです。

\(x,y\)を数として、\(x \leq y\)とは、\(x\)より\(y\)が真に大きいか、または\(x\)と\(y\)が等しいことです。

\[ \begin{aligned}x\leq y \Leftrightarrow x < y または x=y\end{aligned} \]

この定義の前提には、狭い意味の不等号

\[ \begin{aligned} x<y \Leftrightarrow y-x >0\end{aligned} \]

があります。差を取った数が正かどうかによって、不等号は決まっています。(正の数とは何かについては、この記事では立ち入りません)

理論的に詳しくは:松坂「代数系入門」6章を参照。

 

具体例としては、\(2 \leq 3\)は正しい不等式(数学的に真の命題)です。よく、これを正しくないと考える人がいるようなので、気をつけましょう。

\(x \leq y\)は、\(x<y\)または\(x=y\)のどちらか一方が成り立てば、正しくなります(詳しくは、論理における「または」の意味)。今回の例ならば、\(2<3\)が正しいので(\(3-2= 1>0\)なので)、\(2 \leq 3\)は正しいです。

「いやいや、\(2 \leq 3\)はイコールが成り立たないのに、イコールの記号を使っている。\(2<3\)と書くべきで、だから間違いだ。」と言う人がいるかもしれません。確かに、\(2<3\)も正しいです。しかし、それは\(2 \leq 3\)が間違いである理由にはなっていません。もし、\(\leq \)という記号を、おっしゃる通りにイコールが成り立つケースでしか扱わないのだとしたら、それは単なる等号になってしまいます。

英語では、\(\leq\)は「less than or equal to(LE)」と読みます。左の数が右の数より真に小さいか、等しいときにこの記号を使うのです。

 

したがって、不等式「\(x+\frac{1}{x} \geq 2\)」を示せという問題なら、「相加相乗平均より\(x+\frac{1}{x} \geq 2\)が成り立つ」の時点で、不等式の証明は完了しています。

仮に別の問題として、不等式「\(x+\frac{1}{x} \geq 0\)」を示せという問題が出たとしましょう。この不等式は正しいです。このとき、相加相乗平均\(x+\frac{1}{x} \geq 2\)と\(2 \geq 0\)を合わせることで、\(x+\frac{1}{x} \geq 0\)が示せます。この不等式では、等号が成り立つことはありえません。しかし、不等号の意味に立ち返れば、それは正しいのです。

中学校や高校数学の指導者特有の慣例として、「等号が成り立たないケースでは\(<\)を使うべき」という考えがあるのかもしれません。しかし、それはマナーのレベルの話であり、\(\leq \)という記号の使い方の誤りを示すものではありません(というか、数学的に正しい主張なので)。

 

等号成立を確認したい状況

もちろん、等号が成立するかどうかを確認すべき問題はあります。それは、関数の最大値や最小値の問題です。

\(x>0\)に対し、\(f(x) =x+\frac{1}{x}\)とする。\(f\)の最小値を求めよ

この問題なら、等号が成立するケースを確かめる必要があります。

そもそも、関数\(f\)の最小値が\(b\)であるとは、すべての\(x\)に対して\(f(x) \geq b\)であり、かつ\(f(a)=b\)となる\(a\)が存在することです。

相加相乗平均の関係より、\(f(x) \geq 2\)であり、かつ\(x=1\)のとき\(f(1)=2\)となることが示せます。よって、\(x=1\)のとき最小値は\(f(1)=2\)であると言えました。

 

この問題で等号成立を確認しているのは、最小値の定義を満たす点が実際に存在するかどうかを示すためです。

例えば、\(x>0\)のとき、\(x \geq 0\)で\(\frac{1}{x} \geq 0\)なので、不等式を合わせれば\(x+ \frac{1}{x} \geq 0\)であるとは言えます。だからといって、この式から\(0\)が\(f\)の最小値であるとは結論できません。\(0\)は確かにグラフの下側にありますが、それがグラフ上の点とは限らないのです(実際、\(f(x)=0\)となる\(x\)は存在しない)。

「最大値や最小値の問題を解くときに、等号が成り立つかどうかを確かめる必要がある、だから不等式を見たら等号が成り立つかどうか確認するよう教えるのが教育的だ」というのは、論点に飛躍があります。

不等式\(\leq\)が成り立つことと、そこで等式が成り立つのは、数学的には独立した別の問題です。呪文のように「等号成立を確かめなければならない」としたら、最小値を求めることの意味もよくわからなくなってしまうでしょう。

もし、最大値や最小値の問題への応用に向けて、等号が成り立つ条件を求めてほしいなら、問題文にそう書くべきだと思っています。出題者が暗黙のルールを求めるのは、生徒に対して不親切で、数学の理解を妨げてしまう可能性があるのではないでしょうか。

 

以上、不等式の証明で等号成立を確かめる必要がないのはなぜか、\(\leq\)の意味に立ち返って紹介してきました。

ネット上の質問サイトでも、しばしば「なぜ等号を確かめる必要があるのですか」という疑問が見られます。もっともな疑問であり、不安になる生徒も少なくないのでしょう。この記事が、不等式の意味や最小値・最大値の問題との関連の理解を深め、納得するきっかけになれば嬉しいです。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

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