どうも、木村(@kimu3_slime)です。
今回は、非形式論理が学べる教科書「論証の教室」をレビューします。
どんな本か
この本は、九州大学の「哲学と論証」という講義をもとにした本です。論理学の教科書と言えますが、その特徴はサブタイトルにもある非形式論理(インフォーマル・ロジック)です。
高校数学では「命題と集合」といった分野があり、そこでは数学的な命題が\(P\)といったように記号化されます。「でない、かつ、または、ならば」や「すべての、存在する」といった論理的な用語を扱い、それを記号的に扱う分野は、形式論理、記号論理、数理論理学などと呼ばれています。
形式論理は、大学の数学科においては、「集合と位相」といった科目で扱われることが多く、数学を深く学ぶために欠かせない基礎となっています。そのため、このサイトでも「論理学の入門ロードマップ」を作り、重点的に紹介したい重要な内容だと思っています。
しかし、論理学が扱いうる対象や応用は、数学だけではないとも思っています。それが非形式的論理です。数学の本では扱われない詭弁や演繹的でない論証の話が書かれています。
僕は数学と並び論理学も幅広い人に役立つ考え方だと思っていますが、数学寄りの論理学の本は、数学に興味がないと難しく勧めにくいなとも思っています。
「論証の教室」は、日常的な文章や論証を題材としていて、記号も少なく、数学は苦手だが論理に興味がある人向けの一冊として勧めたい本です。
目次
- 第1部 論証の基本
- 第1章 論証とは何か
- 第2章 論証を評価する
- 第3章 代表的な論証形式
- 第2部 仮説と検証
- 第4章 アブダクションあるいは最良の説明への理論
- 第5章 仮説検証型論証
- 第3部 演繹と定義
- 第6章 論理語ーー演繹論理の基本的語彙
- 第7章 定義と論理
- 補論1 定義概念について
- 第4部 帰納
- 第8章 帰納的一般化とその周辺
- 補論2 権威に訴える論証と対人論証
- 第5部 因果と相関
- 第9章 ミルの方法ーー原因を推論する
- 第10章 記述統計学と論証ーー観測されたデータについて何事かを主張する
良いところ
数学において、定義に忠実にしたがって考えることは大事です。特に数学の論理の教科書でもそのスタイルは重視され、言葉の定義をした上で話が進んでいきます。
しかし、「定義とはなんなのか」という話は、数学の対象外の話題で、数学系の本には書いていないのです。「論証の教室」「第7章 定義と論理」にはその話題が書かれています。例えば次の調子で。
定義とはまずもって語(記号)の定義をいいます。定義は対象の定義ではありません。定義が説明しようとする意味(meaning)をもちうるのは、あくまで語(記号)であって、対象ではないからです。したがって、「偶数」(という語)の定義や「芸術作品」(という語)の定義という言い回しは正答であるのに対し、いま私が手にしているコップ(という対象)の定義や《モナ・リザ》(という対象)の定義といった言い回しは正当ではありません。
引用:論証の教室 pp.151-152
確かに数学においても、定義は語の定義をしています。よくわからない対象を指しているわけではなく、定義される言葉がどういう意味なのかを明示的に約束するものです。
「定義に忠実に考える」は数学においては当たり前の考え方ですが、それを数学を専門でない人に伝えるための方法は、数学の教科書には書いてありません。そのヒントや基礎となる考え方が、「論証の教室 」には書いてあって、参考になります。
僕がこの本を知ったのは「定義ってなんだろう (1) 定義の分類と注意」というウェブ記事で、数学の外の世界でも使われる定義という言葉の分類をしていて、面白いと思ったので手に取りました。
数学や論理と日常や実践との間にある領域:非形式論理を学ぶには、ちょうど良い本だと思います。
「でない、かつ、または、ならば」といった基礎的な用語は、数学の本では最初に扱われがちですが、この本では6章「論理語」と少し後回しにされています。これらは「無機質」になりがちで、論理に興味をもった初学者の出鼻をくじくかもしれないという配慮からなされた構成です。確かに抽象化された論理の話は、初めて学ぶ人にとって味気ないかもしれないと自分自身で書いていて思います。こうした教育的な配慮があるのは、大学の講義をベースにした本ならではですね。
気になるところ
著者は非形式論理を評価しているのは良いと思いますが、それにあたって形式論理を過小評価しているように見える点は、僕の立場からすると疑問です。
私は、現代の「形式論理学」(ないし記号論理学)はーー数学や計算機科学や哲学といった基礎的な学問に関心を持つ少数の人たちを除きーー大多数の人にとってはほとんど役に立たないと感じてきました。
しかしながら、形式論理学の授業を履修した学生たちが、それを彼らの人生の中で実際に役立てることができるのか、言い換えれば、それを使って彼らが出会う様々な問題を整理・分析し、適切に評価し、ときには問題を解決できるのかについて、私はまったく確信がもてないのです。
引用:論証の教室 はじめに pp.i-ii
「形式論理学」という言葉で想定する内容が違うのかもしれませんが、「大多数の人にとってはほとんど役に立たない」は言い過ぎだと思います。
「でない、かつ、または、ならば」といった基礎的な論理の用語は、「数学や計算機科学や哲学」にかぎらず、推論や思考全般に役立つものだと考えています。実際、文章を批判的に読んだり書いたりするときには、欠かせないツールです。
確かに著者は「役に立たないことを非難しているわけではない」といっているのですが、まるで論理や基礎的な学問は、学生は学んでも応用できないと言っているように見えます。確かに応用できない人もいるかもしれませんが、基礎を学ばずに応用ができるようになるのでしょうか。
日常への応用に学生の関心があるのは確かで、形式論理を退屈に思う人もいるのはその通りだと思いますが、だからといって形式論理を低く評価するのは疑問です。非形式論理が大事だと思えるのは、形式論理を一通り学んで、「形式論理には限界がある」と思えたからではないのでしょうか。
実際、まえがきで著者は「インフォーマル・ロジック自体が多くの技術の寄せ集めで、未だ体系化されていない」と告白しています。非体系的で新しく実践的な分野は確かに学生や初学者の興味を惹きますが、応用を嗜好するからこそ、さまざまな学問の基礎を学ぶのも大事ではないでしょうか。
以上、「論証の教室〔入門編〕ーインフォーマル・ロジックへの誘い」をレビューしてきました。
誰でも読めるというほど簡単ではありませんが、大学の新入生なら読めるレベルのやさしさで、かつ記号や数式をできるだけ使わずに、火形式的な話題を多く扱った論理の教科書として便利です。
ニュースやSNSで見かける論破や詭弁といった用語、そこに含まれる論理を分析したい人、数学以外で利用される論理の話題を知りたい人は、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。
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