どうも、木村(@kimu3_slime)です。
「素数に憑かれた人たち ~リーマン予想への挑戦~」を読みました。
大学で学部1年の頃に買った本だったのですが、当時は長くて読むのをやめてしまったような気がします(笑)。
リーマン予想は、数学者ベルンハルト・リーマン(Bernhard Riemann)によって1859年に立てられた予想ですが、2019年の今なお解決されていない問題です。「素数に憑かれた人たち」は、リーマン予想への一般向けの良い入門書だと思います。
(リーマンは、積分の定義:リーマン積分、相対性理論などに応用された多様体・リーマン幾何学の理論で有名です)
本の評価
「素数に憑かれた人たち」が良いポイントは、高校数学程度の知識は必要ですが、リーマン予想に近づくための数学をステップ・バイ・ステップで解説してくれているところです。
最先端(というか未解決)の数学に関する本って、本来は前提知識がなければ意味不明、求められる前提知識は膨大になるわけですが、この本ではかなり低いところからリーマン予想という山に登る道筋を案内してくれます。
「知的であり、かつ好奇心もあるが数学者ではない」人を読者として想定していて、算数と初歩的な代数計算、プラスアルファでちょっとした微積分の知識があれば良いとされています。
また、奇数章では数学的な内容の解説、偶数章では歴史や数学者の伝記……といったように内容が分かれていて、目的に応じて読み分けられます。読み物として読み飛ばしても良いし、気になる数学をつまんでいくのも良いでしょう。
第1部 素数定理
第1章:カード・マジック
第2章:土壌と作物
第3章:素数定理
第4章:巨人たちの肩に乗って
第5章:リーマンのゼータ関数
第6章:大融合
第7章:黄金の鍵と改訂版素数定理
第8章:見いだされる価値
第9章:広がる定義域
第10章:証明と転機第2部 リーマン予想
第11章:数の体系
第12章:ヒルベルトの第8問題
第13章:複素関数を見る
第14章:執着に捉えられて
第15章:ビッグ・オーとメビウスのミュー
第16章:クリティカル・ラインを上る
第17章:代数を少々
第18章:数論と量子力学の出会い
第19章:黄金の鍵を回す
第20章:リーマン演算子とその他のアプローチ
第21章:誤差項
第22章:正しいかそうでないか、いずれかだ
問題点を挙げるとすれば、長いことです。400ページ以上あります。まえがきを読んだら、読み物として書かれた到着点:最終章(22章)を最初に読んだ方がよいでしょう。
全部読んでも全体像がつかめなかった……ということにならないように、ここでは、本の内容をかいつまんで紹介してみようと思います。
リーマン予想とは何か
リーマン予想は、素数の分布の研究によって見つけられた予想です。
素数というのは、\(2,3,5,\cdots\)など、\(1\)とその数自身以外では割り切れない数のこと。\(7,11,13,\cdots\)と一見不規則な並びをしているわけですが、何か法則性はないのでしょうか。
そのひとつが、素数の分布に関する素数定理です。\(N\)以下の素数の個数は、\(\dfrac{N}{\log N}\)に「近い」という事実が、ガウスなどによって知られていました。素数の値そのものに規則性は見つけられなくても、特定までの自然数における素数の割合、すなわち分布には規則性があるのです。リーマン予想は、「近似」を示す素数定理より強い、素数の個数そのものの式をもたらすものです。
リーマンは、「与えられた数より小さい素数の個数について(On the Number of Prime Numbers less thana Given Quantity)」で、リーマン予想を提唱しました。
\[ \begin{aligned}\zeta (s):= \sum _{n=1} ^{\infty} \frac{1}{n^s} =\prod _{p:\text{素数}} \dfrac{1}{1-p^{-s}} \qquad s\in \mathbb{C}\backslash\{1\}\end{aligned} \]
ゼータ関数\(\zeta (s)\)の自明でない零点の実数部はすべて\(\frac{1}{2}\)である。
ゼータ関数は、級数によって定義される、複素変数の関数です(複素平面、複素解析の知識が必要でしょう)。無限和が素数に関する積(オイラー積)に置き換えられるという結果は、本で「黄金の鍵」として紹介されます。
零点とは、\(\zeta (s)=0\)となる\(s\)のこと。負の偶数\(s=-2,-4,-6,\cdots\)が零点として知られており、それが自明な零点とよばれるもの。ほかの零点は、実部が\(\frac{1}{2}\)のところにしかないのではないかーーこれがリーマン予想の主張です。
ゼータ関数は素数に関する表示式がありますが、それによってリーマンの素数公式、与えられた数\(N\)以下の素数がいくつあるかがわかります。その表示式には、ゼータ関数の非自明な零点の情報が必要(リーマン予想の真偽次第)となるわけです。
もしリーマン予想が正しければ、素数定理も正しいことが導けます。そして素数定理はすでに正しいと証明されたのですが(1896年)、より強い結果、リーマン予想の真偽は不明なままでした。
リーマン予想は、数学の分野でいえば、数論(number theory)、特に解析的整数論(analytic number theory)と呼ばれる分野のものです。(もちろん分野にとらわれないアプローチが求められますが。)
1900年における数学全般における大きな問題を提示した、ヒルベルトの23の問題のひとつとなりました。そして、21世紀の大きな問題としてとりあげられたクレイ研究所のミレニアム懸賞問題のひとつにもなりました。
数論は、数学の中でも特に純粋数学(応用から独立した数学)と呼ばれる分野……と言われていました。リーマン予想にも貢献した数学者のハーディは、「ある数学者の生涯と弁明」において、『私は何一つ「有用」なことはしなかった』と述べています。
しかし、最近では例えば暗号理論への応用があります。RSA暗号は、非常に大きな数の素因数分解が難しいという性質を利用したもの。暗号は、例えばインターネットでの買い物、通信の秘匿性に関わっていて、日常に役立つものです。
たまに見る雑な誤解が、「リーマン予想が解けると、暗号が役に立たなくなってしまう」というもの。素数の分布がわかるからといって、ただちに暗号が解読されるわけではありません。リーマン予想は数学的で限定的な主張をしているわけで、あまり日常言語でテキトーに理解しちゃいけないですね。
暗号の話を引き合いに出しましたが、リーマン予想の中身そのものは、「数の原子」とも呼ぶべき素数、その基本的な数の分布に潜む深淵を扱ったものです。
主要概念、キーワード
リーマン予想については要約できたと思うので、本で出てくる主要なキーワードをまとめておきます。
解説される概念
無限級数、指数関数、対数関数、階乗関数、微分、積分、極限、ランダウの記号
虚数、複素平面、複素解析、リーマン面
メビウス関数
体論、拡大体
行列、固有値、固有多項式、エルミート演算子(作用素)、ランダム行列
これらは本で解説されるので、事前に理解していなくて大丈夫です。さまざまな数学が登場するので、この本は他の数学の分野を学ぶモチベーションになるかもしれませんね。
リーマン予想に向けた貢献した人物、予想
一部だけ列挙します。
ハーディ、リトルウッド、フォンコッホ。
ヴェイユ予想(より一般のゼータ関数におけるリーマン予想に類似の予想)。1973年解決。
モンゴメリ・オドリツコの法則。1987年。ゼータ関数の自明でない零点の分布は、あるランダム行列の固有値の間隔分布と統計的に等しい。
モンゴメリ・オドリツコの法則の話は、本を読んで初めて知って驚きました。零点の分布が、何かしらの作用素(の固有値)、物理現象と関係している可能性があるというのですから、不思議なものです。また、コンピュータ的、統計学的研究が、数学の研究において大きな示唆をもたらす例としても、参考になります。
本書は、「我々は知らねばならない、我々は知るであろう」というヒルベルトの言葉でしめくくられます。リーマン予想の真偽は、一体いつになるかはわかりませんが、いつか知られることにはなるでしょう。
「素数に憑かれた人たち」は、その全部を理解できなくても楽しめる本です。現代数学に横たわる大きな問題に、触れてみてはいかがでしょうか。
木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。
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