公式に頼らない愚直な計算ができるのは数学の才能:数式の展開を例に

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

数学を学ぶ資質のひとつとして、愚直に計算できることがあると僕は考えています。

今回は、数式の展開を例として、工夫せずに泥臭く計算することの大切さについて考えていきましょう。

 

公式=スマート?

\((a+2b-3c)(a-2b+3c)\)

を展開せよ

という問題について考えましょう。

 

「公式」に当てはめる考え方、「普通(?)」の解法としては、次のようなものが想定されているでしょう。

\(x = 2b-3c\)とする。すると、展開の公式より

\[\begin{aligned}& (a+2b-3c)(a-2b+3c) \\&= (a+x)(a-x)\\&= a^2 -x^2 \\&= a^2 -(2b-3c)^2 \\&= a^2 -4b^2 +12bc -9c^2 \end{aligned}\]

となる。

つまり、展開公式\((a+x)(a-x)= a^2 -x^2\)が公式として強調されているし、それが想定された工夫(普通の解法)という立場ですね。

僕も小中高校の数学では、しばしば「公式を覚えて当てはめるのが望ましい」という指導を受けた記憶があります。シンプルでスマートな回答が好まれる。

しかし、僕はそれをむしろ、数学の良さを知る機会を損ないうるもったいない考え方だと思います。

愚直な計算を試みずに最初から公式を利用するのは、短期的には簡単にテストの点数が取れるようになるかもしれませんが、長期的な筋力がつかないし、何より楽しみを失いうるのです。

 

原則から考える大切さ

\((a+2b-3c)(a-2b+3c)\)の愚直な計算は、次のようになります。

展開の結果は、すべての項を掛け合わせて足したものになる。そして、すべての積は表として次のように表せる。

\(a\)\(-2b\)\(3c\)
\(a\)\(a^2\)\(-2ab\)\(3ac\)
\(2b\)\(2ab\)\(-4b^2\)\(6bc\)
\(-3c\)\(-3ac\)\(6bc\)\(-9c^2\)

一部の項はキャンセルことに注意すれば、

\[\begin{aligned}& (a+2b-3c)(a-2b+3c) \\&= a^2 -4b^2 +12bc -9c^2 \end{aligned}\]

と求められた。

この回答を評価する第1の部分は、展開の原則(分配法則)をきちんと運用できていることです。2つの和の積の分配法則は

\[(a+b)(c+d)=ac+ad+bc +bd\]

となりますが、展開の計算においてはこの原則がわかっていることが大事です。中学校の代数で身につけていることとして、まずこれを誰もが身につけているのが望ましいですね。

逆に、積を素直に分配法則を使って展開する方法を知らずに、「公式」を覚えてそれを当てはめるゲームだと思うのは、不健全と言えます。

 

工夫や公式は試行錯誤の中から生まれる

第2に評価できる部分は、表の形式にしてたくさんの積を見やすい形で計算していることです。僕はこのような回答形式を初めて見ましたが、わかりやすくて良いと思います。

例えば大学の抽象代数学では、よく知られた数とは性質の違う積(演算)を持つ数の体系を考えます。掛け算の性質を九九の表にして計算するように、すべての要素同士の計算結果をまとめた表は、乗積表(ケーリー表)と呼ばれています。まさにこの発想と同じですね。

\(D_2 \simeq V\)

参考:有限群をケーリーグラフ・乗積表(SageMath)を使って眺めてみよう

「計算で総当りする」という原始的な方法は、数学の問題を解くときの基本です。わからないときは、まずは泥臭く試行錯誤してみましょう。簡単なケースをたくさん計算してみると、より効率的に計算できる法則(公式)を発見できることがあります。

参考:手の付け方がわからない数学の問題の解き方:定義を確認し、単純化しよう

 

表を書いて何度も計算していれば、\((a+x)(a-x)\)の形のときは、プラスとマイナスでキャンセルが起こることにもやがて気づくでしょう。地道に計算をしているうちに、経験的に簡単な規則を見つけられることは、数学の楽しさのひとつです。

数学の問題を解くことを登山にたとえるならば、最初から公式を用いるのは、最初からロープウェイで登るのと同じです。確かに山頂の景色にはたどり着けますが、自力で登るのと比べて感動は少なくなるでしょう。

たとえ登りきれなくても、登ろうとする意思、一歩ずつ足を進めればいつか登れるかもしれないという心構えが大事です。「誰かが引いてくれたロープウェイがないと山には大変で登れない」と、地道にチャレンジする心を失うのはもったいないです。

確かに自力では登りきれない、試行錯誤をしても問題が解ききれないこともあるでしょう。そんなときは教科書の公式、先人の知恵に頼ることになります。それ自体は悪いことではありませんし、当たり前のことでもあります。それでも自分の持てる力で向かい合った経験がなければ、ツールや公式のありがたみすら当たり前のものとして感じなくなるでしょう。

例えば

\[(a+x)(a-x)= a^2 -x^2\]

程度の等式が「公式」として扱われていたりしますが、この結果だけ覚えて使おうとするのは、中学校の数学の理解として非常に惜しいです。

「文字式の展開とは、それぞれの項を(分配法則を使って)かけて足した結果なのだ。今回は、\(ax\)と\(-ax\)でキャンセルが起こるから、\(a^2\)と\(-x^2\)しか残らない」と理解していれば、頑張って「覚える」ような式ではなくなります。

泥臭く計算した経験は、短期的には時間がかかるように見えて、長期的には数学そのものを理解するのを簡単にしてくれるのです。

 

自分の持てる力で問題に向かい合った経験が、数学の力に

今回は数式の展開を例としましたが、「原則にしたがって地道に計算と試行錯誤をする」ことはあらゆる数学において大事です。

例えば速度・割合や確率に関する問題が典型的です。

問題を解くための試行錯誤をせずに、「みはじ(はじき、くもわ)」に当てはめたり、「Pなの?Cなの?」と公式に当てはめようとしていると、数学は楽しくありません。自分の頭を働かせて、公式の知識がなくてもできる範囲で試行錯誤するのが大事です。

「30分で100m進むなら、1時間なら200m進む、2時間なら400mで……」と具体的な計算をたくさんしたり、確率の問題なら樹形図を描いて地道に数え上げるのが良いでしょう。こうしたトレーニングをしていれば、学校レベルで解けない問題はなかなかないと思います。

 

公式に頼りきった数学は、受験勉強においてすら点数を得ることにつながらないでしょう。パターンそのものに当てはまる超基礎問題しか解けず、少し「思考力を問う」出題をされたらお手上げになってしまいます。

確かに、地道な計算には時間がかかりますし、大変なので面倒くさがる生徒もいるでしょう。しかし、数学に王道(簡単な道)はありません。難しいことに自力で取り組んだからこそ、シンプルに解ける方法を見つけたときに驚きや喜びがあります

数学者のガウスは、子どもの頃\(1+2+\cdots + 100\)という問題をすぐに解いたというエピソードは有名です。和を2つ考えると、\(101\)が\(100\)個あるので、その半分の\(5050\)と。これは数列の和の公式\(\frac{1}{2}n(n+1)\)に相当するものです。

地道に\(1+2+\cdots \)を計算してみましょう。最初の10項なら、\(3,6,10,15,21,28,36,45,55\)となりますね。こういう計算をしていれば、やがて\(11\)が\(10\)個あってその半分だから\(55\)かと気づきます。これに気づいていれば、\(100\)までの和はその応用問題です。

おそらくガウスは既に愚直に計算した経験があって、だからこそ総和の方法に至っていたのでしょう。最初から公式を知っていたのではなく、計算をしながら試行錯誤する中で、法則に至ったのでしょう。

「きれいに解く」ことを重視しすぎると、数学はセンス(才能)がなければできないと勘違いしやすくなります。ガウスより才能がないと思うならば、凡人であるならば、よりたくさんの計算を地道にしなければならないでしょう。経験をせずに上達することはありえないのですから。

 

以上、数式の展開を例として、工夫せずに泥臭く計算することの大切さについて紹介してきました。

下手の考え休むに似たり、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、と言います。大学受験の問題だけでなく、大学数学の研究においても、「わからないときは汚くてもとりあえず手を動かして計算する」ことは有効でした。

確かに時間はかかり大変なのですが、必ずその経験は自分の思考力として残りますし、自力で法則にたどり着けると面白いです。数学を楽しみ得意になるためには、地道に計算するのを厭わない心構えを大切にすると良いでしょう。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

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