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西洋数学を日本人の血肉に 「近世数学史談」レビュー

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

高木貞治「近世数学史談」を読みました。

高木貞治(たかぎ ていじ)は、1875年、岐阜県生まれの数学者です。代数的整数論の一分野、類体論における高木の存在定理で知られています。1800年代の日本の数学者では、もっとも有名なのではないでしょうか。著書「解析概論」は、解析学の古典的な本として定評があります。

近世数学史談」は、1700-1900年の数学者、人物としてはガウス、アーベル、ガロアなどを中心に、数学の歴史が語られる本です。数学的内容は多いですが、特に楕円関数に注目が集まっています。本の最後に付録として、著者のドイツ留学の経験が。

数学的な内容への踏み込みと、生いたちや思想が合わせて書かれているスタイルは、「数学をつくった人びと」と似ています。「近世数学史談」はよりコンパクトにまとまっていて、特に楕円関数の話題が豊富です。中身の数学の理解は少し難しいでしょうが、その分格調が高く、数学の歩みが感じ取れます。

参考:「数学をつくった人びと」レビュー:数千年受け継がれてきた数学

詳しくは後述しますが、日本人の立場から見た近代(1700-1900年)の数学史としておすすめです。

ただし、数々の数学者の名前が出てくるので、少しは大学数学の教科書を読んだことがあるくらい、例えば、アーベルやガロアという名前を聞いたことがあるの知識があった方が楽しめるでしょう。一般向けの数学史というよりは、数学を学ぶ人向けの数学史です。

細かいことですが、言葉使いが古いです。「テーロルの定理」「テーロル展開」と出てきて誰かと思えば、現代でいえば「テイラー(Taylor)」でしょう。他にも、クンマーがクンメルと表記されていたり。この辺の細部にも趣があります。

 

「西洋数学」を取り入れ、生み出していく

数学史そのものという点では、僕は「数学をつくった人びと」を読んでいたこともあり、このエピソードは知っているよと感じたこともありました。

やはりこの本の魅力は、間に挟まれる高木貞治の数学に関る思想や、(当時世界的に有名な数学者の集まっていた)ドイツへの留学経験でしょう。

興味深い記述は多いですが、2箇所に絞って引用します。

 

ガウスのたどり着いた結果について。

しかしガウスが如何にしてこれらの結果に到達したかは例の通り明らかでない。尤もこのような結果が推測された上は、後から計算に由ってそれを確証することは容易である。既成の数学を学修するものは、その容易な道を歩むのである。歩むというよりも、乗物に乗せられて運搬されるのである。「幾何学に帝王道路なし」という諺もあるが、既成数学は実は帝王道路である。

引用:近世数学史談 pp.50-51

数学を学ぶのに楽な方法はないかと聞かれたときに、「学問(幾何学)に王道なし」と答えることはありましたが、「既成数学は実は王道」はより便利な回答です。

元来、本に書いてある数学は、先人・数学者たちが試行錯誤の果てに切り開いた研究をもとに書かれています。難しい問題に立合ったらどうすれば良いか、自分で考えるしかない。でも、既成の数学ならば、「事実・結果がどのようであるか」がわかった上で、地図を持った上で進むことができる。開拓者の苦難と比べることで、いかに学習者は楽な位置にいるのかわかります(笑)。

 

もうひとつの引用は、1898年のドイツ留学について書かれた「回顧と展望」から。

「洋行」は嬉しかったが、その時にベルリンへ行ったならば大変だと怖気を有って行ったのである。それは西洋の学者を神様のようにおもっている時代であったし、殊にベルリンは、例のワイエルシュトラス、クロネッカー、クンメルの三尊の揃っていた隆盛時代の直後であった。その三尊はみんな亡くなって、後継者のフックス、シュワルツ、フローベニウスの時代になっていたのだが、何分数学といえばドイツ、ドイツといえばベルリンと言われていた時代で、そこへ素養もなく、自信もない、東洋の田舎者が飛び込んで行くのだから、怖かった。

引用:近世数学史談 p.201

日本は明治時代に入って、数学に限らず学問全般で多くのことを海外、特にヨーロッパから学んでいくことになりました(洋学)。その頃の文化的なギャップに対する、当時の感覚があらわれた文章です。

今からすれば、日本のヨーロッパにおける認知度は上がったし、ヨーロッパへ旅行や留学する日本人も当たり前になりました。しかしそれが稀なものであった時点では、西洋の学者は神様のように思われたいたわけですね。驚きです。

高木は最初このように恐れていますが、実際行ってみると、ドイツの数学者(フックス)は定年近くの高齢で、講義で解の収束円を書こうとしても届かない……といった人間じみたエピソードが描かれています。

また、「若手の数学者(フロベニウス)が日本人を猿と類比させて軽蔑している」というような伝聞を事前に聞き恐れていた高木ですが、問題を持って訪ねて行くと「面白い、自分でよく考えなさい」と言ったそうです。

当時の感覚では(今もそういう国はあるでしょうが)、黄色人種、あるいはアジア人は白人にとって蔑まれる対象になりやすかったのだろうな、とリアルに感じられます。一方で、自ら学び問題を持ってくる学生に対し、「自分でよく考えてみよ」というアドバイスがあるのは、大学(アカデミア)らしい誠実さがあるなと思いました。

 

高木は日本の数学が花開くことを期待していましたが、ウィキペディアの「日本の数学者の一覧」で見るように、世界的に活躍する数学者たちが登場しています。

大学でも、ある程度までは日本語で進んだ数学の内容が教えられていますし、すべての研究者は英語の文献や論文を読み、発表して、数学の発展に貢献していると思われます。

近世数学史談」は、数学を作っていくという歩みを、日本人という立場から身近に感じられる、勇気の与えられる本でした。

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

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