「自明、明らかである」に気をつけて、疑いながら数学書を読もう

どうも、木村(@kimu3_slime)です。

大学の数学書では、「自明である」「明らかである」という言い回しがよく登場します。

自明であるとは、誰かが説明をしなくても自ずからわかる、ということ。英語ではtrivial、取るに足りないことを意味します。

(日本では「トリビアの泉」という番組がありましたね、取るに足らない豆知識のことです。)

Wikipediaの英語版「数学のジャーゴン」によると、

ある概念が自明 trivial であるとは、定義によって成立する、あるいは既に知られた主張の系(corollary )である、またはより一般の概念の特別で単純なケースであるとき

と説明されています。

本に「自明である」と書いてあるときは、著者にとって自明だから省略しているわけですが、読者であるあなたにとって自明とは一言も言っていません。むしろ、初学者にとってはそういう部分こそきちんと理解したいものです。

大学数学の初心者は、ぜひこうした「明らか」系の表現に注意し、疑いながら本を読むようにすると理解が深まると思います。

 



「明らかである」の具体例

具体例を交えて説明しますが、ここからの数学的な内容は、わからなくても問題ありません。問題は論じ方、読み取り方です。

例えば、杉浦「解析入門I」の16Pに、明らかという表現が登場します。

例10 数列\(\{c_n\}_{n\in\mathbf{N}}\)が\(0 \leq c_n < \frac{1}{n}\)を、すべての\(n\geq1\)に対してみたすならば \(\lim _{n \to \infty} c_n =0\)。これは命題2.7と例5から明らかである。

ここで命題2.7は数列に関するはさみうちの原理、例5は\(\lim _{n \to \infty} \frac{1}{n} =0\)です。

どうして明らかと言えるのでしょうか。大学数学で初めてこの本を読むときは、それをきちんと説明できるようになることが大切です。「なぜですか?」と聞かれたときに、理由を言葉にし、文章や口頭で説明できますか?

僕が説明してみます。\(\{0\}_{n\in\mathbf{N}} ,\{\frac{1}{n}\}_{n\in\mathbf{N}} \)という数列を考えます。例5より、どちらも0に収束します。そして、例10の前提より、すべての\(n\geq1\)に対して\(0 \leq c_n < \frac{1}{n}\)を満たします。よって、命題2.7のはさみうちの原理の前提条件を満たすため、\(\lim _{n \to \infty} c_n =0\)が成立します。

もちろん、こうした議論は、一度解析学の基礎をおさめた人ならば、書き下すまでもなく明らかでしょう。

しかしながら、例えば「\(\frac{1}{n}\)にはさまれているから\(\lim _{n \to \infty} c_n =0\)は明らかなんだ」と答えたとしたら、それは説明になっていません。過程がないのです。

定義とそれまでに示されてきた事実・命題を使って論証できなければ、「明らかと思い込んでいるだけ」になってしまうので注意しましょう。

(さらに、例10では\(\{c_n\}_{n\in\mathbf{N}}\)と一般的な表現がされていますが、当てはまる具体例を考えてみるとより理解が深まります。\(c_n= \frac{1}{n^2}\)とか。)

「命題2.7と例5から明らかである」という説明は、「~より従う(the proposition follows from…)」「直ちに~と言える」というようにも書かれ、頻出します。

 

「明らかである」とすら書いていない例

数学書によっては、「明らかである」とすら書かれず、「~である」「~が成立する」(ただし理由は書いてない)というケースがあります。

このときも、「~は明らかである」と書かれているものだと補って読み、なぜ明らかなのか自分で証明しながら読むのが良いでしょう。

例えば、堀田「代数入門」7Pから。

例1.1 \(n\)次元実正方行列全体 \(M_{n}(\mathbf{R})\) は行列の足し算(加法)について零行列を単位元とする可換なモノイドであるが、行列の掛け算(乗法)については、単位行列を単位元とする非可換な(\(n\geq2\)のとき)モノイドである。

これで本文は次の話に進んでいます。さきほどの記述でいう、「これは命題2.7と例5から明らかである。」というちょっとした説明すらありません。「明らかである」とは書いていませんが、「~である」(事実が成立する)のには理由があります。

「それが説明できるか?」を基準に読んでいきましょう。このスタイルの本は、「(明らかに)~である」系の記述をノートに書きながら検証しないと、あっという間に理解できなくなります

まず、「何が主張されているのか」を見抜き、分解することが必要です。今回は、

 

  • \(M_{n}(\mathbf{R})\)は加法についてモノイドである
  • \(M_{n}(\mathbf{R})\)は加法について可換なモノイドである
  • \(M_{n}(\mathbf{R})\)の加法に関する単位元は零行列である
  • \(M_{n}(\mathbf{R})\)は乗法についてモノイドである
  • \(M_{n}(\mathbf{R})\)の乗法に関する単位元は単位行列である
  • \(M_{n}(\mathbf{R})\)は乗法について非可換なモノイドである(\(n\geq2\)のとき)

が主張されています。

これらを、モノイド、可換・非可換、単位元という言葉の定義に戻って証明するわけです。乗法について非可換なモノイドであることを示すためには、\(AB\neq BA\)となる\(A,B\in M_{n}(\mathbf{R})\)を見つけなければなりません。\(n=2\)のときにその例を作り、一般の\(n\)での例を作り、数学的帰納法によって示すことになるでしょう。

 

初めて大学数学の本にふれる人は、ぜひ「自明である」「明らかである」「~である」系の記述を見抜き、自分で説明できるようにしていきましょう。

そうすることで、時間はかかりますが、確実に数学の理解が進んでいくでしょう。(逆に言うと、それをサボるとつまずきます笑)

木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。

 

 

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